人生を変えるきっかけ

見た、聞いた、知っているだけでは変わらない。満足できない人生の欠けたピースの見つけ方

今、自分の人生に心から満足していますか? 何かが足りない・・・ 幸せや満足感は一瞬で持続しない・・・ 隣の芝は青く見える・・・ 自分にとっての足りない何かを探すべく、 一生懸命情報を集めたり、やってみたいことを探したり、 自己啓発本を読んだり、占いに行ったりしていませんか?   触れた情報や、集めた情報から人生を変える。 幸せや豊かさ、自分らしい何かに繋がっていくために必要なことがあります。   それは、 得た情報から 実際に行動すること。   情報や、知識ばかり増やしても、人生は変わらない。   みんな自分の人生に一生懸命だから、 何とかしたいと思うから、 自分にとってのプラスを探している人は多いはず。 この情報社会の中では、 そのための情報やノウハウを集める、触れることは簡単です。 だけど、集めて読んで、知って終わりにしていませんか?   情報と知識を集めただけでは、結局何も変わりません。 人生を変える、 自分らしさを知る、 自分が探している欠けたピースを見つける、 自分が生きたい人生を知る。   その為に必要なたった一つのこと。 それは、やってみること。 実際に行動してみることです。   やってみる、行動することで初めて欠けたピースに向かって動き出す   集めた情報も知識も、実際にやってみて、 行動を起こして初めて活かされていきます。 行動を起こして初めて、自分らしい人生の循環が起こり始ます。 きっと、これまでに行動を起こしたことがある人なら、感じたことがあるはずです。 そこで出逢う人、環境から 新たな気づきを得たり 自分のことをより知ることができたり。 それまでの自分の世界よりも、 少し世界が広がる感覚です。   もし、あなたが今、 人生に心から満足できていない 何かが足りない感覚がある 本当は何がしたいんだろう?と感じている としたら、この世界を広げることは大切なポイントになります。 欠けたピースはあなたが知っている今の世界にはありません。 世界を広げることがなぜポイントになるのか? それは、あなたが探しているものは、今あなたが知っている世界の中にはないからです。   今あなたが知っている世界 それは、これまでのあなたの経験で作られた世界。 その世界の中では、 「足りない何か」は見つかっていないってことなんです。   だから、今いる世界から一歩踏み出す、 あなたの世界を広げていくことが大切です。   今いる世界の外側に、 「足りない何か」や 「自分らしい生き方」 があるからです。 ひょっとしたら、あと数センチ外側かもしれない。 その数センチが、 あなたが触れた情報、気になるキャンペーンに参加してみることや、 気になるあの人に会いに行ってみることかもしれません。 人によってきっかけは様々です。 だけど、 必ず人との出逢いや、 新たな体験が、人生をぐっと変えていく、 自分らしく生きていくきっかけになります。   一つの行動が、きっかけになるんです。 だから、行動し、新たな体験をする。 新しい世界に一歩踏み出せば、そこからどんどん世界は変わる 実際に、私は26歳の時、 医療関係者ばかりの付き合いから、 一歩外に踏み出さなければ、 海外生活経験者や、その刺激をくれる人との出逢いはありませんでした。 その出逢いがなえければ、 ワーホリやオーストラリアで生活するきっかけは無かったでしょう。 オーストラリアに来ていなかったら、 今のパートナーと出逢うこともありませんでした。 (パスポートを持っていなかった純オーストラリア産オーストラリア育ちのオージーですからw) ほんの少し、今いる世界から踏み出してみる。 一歩は小さくても、 そこから続く新たな出逢いや気づきによって、 世界は広がり、人生の流れが変わっていきます。   ぜひ、小さな一歩を踏み出してみてください。 ドキドキすること、不安があるのは新たな体験と世界がそこにあるから当たり前! 踏み出して、知ってしまえば、 そこはあなたにとって新たな心地よい世界へと変わっていきますよ。    

お客様の声・クライアント様変化

【感想】非日常でおもしろい!セッションなのに、自分で答えながら再確認。自分の答えだから決心できる!

2人ともメガネでワーホリマインドセットしていました。 ライフコーチ河合ゆうきです^^ 今回は、シドニーで2年間の留学を経て、ご自身のビジョン実現に向けてワーホリを活用していく、 中塚智恵さんがマインドセットセッションを受けてくれました! さっそく感想を頂きましたよ! ちえさんは、シドニーでの留学期間中に、ご自身が実現したいビジョンを明確にされました。 そのビジョン実現のためにワーホリビザを使って準備をする予定です。 すでにオーストラリアでの生活経験があったちえさんだったので、その経験を棚卸もしながら、ビジョン実現に向けてのマインドセットを行いました。   留学、海外で学んだからこそ、自分のやりたいことが形になること、やってみたいことが見えてくることもあります。 それはワクワクもするけど、時に未知だからこそ不安で一歩踏み出すことに躊躇してしまうこともありますよね。   そんな時に、自分の心にある想い、情熱を明確にすること。 そのビジョンを実現した先の自分をイメージしていくことで、一歩踏み出す勇気が湧いてきます。 みんな答えは自分の中にあるし、その答えへ一歩踏み出し進む力も持っています。     ワーホリビザって何をしてもいい。 学校に通うこと、働くこと、旅すること さらには、ビジネスの営業、自分のビジネスの拡大、新しいビジネスチャンスをつかむため、ビジネスの下地作り、 夫婦で暮らしたい土地を見つけるための旅・・・ などなど、私が日本にいた時には想像もしなかった目的や、活用方法があります。 自分のやりたいことがある。それを実現するためにワーホリを活用する。   学生ビザで留学していたけれど、そこからワーホリに切り替える。という方も大歓迎のマインドセットセッション^^ 気になる方はぜひ、無料キャンペーンにご参加ください!   ちえさんは現在シドニーで、 ご自身の経験で感じた ほしいもの・困難さ を、 楽しみながら仲間が作れる イベント に変えることで それぞれの道を一歩踏み出す活動を なりたい自分になるWH・留学生グループ”BeX” としてされています。 レジュメワークショップや、仕事探しのコツ、医療従事者と話せる 経験者・現地で暮らす人と実際に話し、学べる、行動に移せるイベントを開催されています^^ シドニーにワーホリ・留学されている方はぜひ、Facebookページフォローしてみてくださいね!  

あなたらしく生きる

海外生活をするだけでは、自分のことには気づけない。だからこそ大切な〇〇〇を使ったステップ。

前回こんな記事を書きました。 海外生活:時の流れが違うなら、それに従い肩ひじ張らずにゆっくり生きてみる。 まったく違う時間の流れに身を任せたら、 私はずっと後回しにしてきた想いに気づいたという内容。 違う時間の流れに身を任せるときに、ぜひやってみてほしいことを今日は。 忙しい日常の中で、目の前の現実から想像する将来とにらめっこしてません? 大学病院の看護師として3年がたったとき、私は一通り業務はできる。 プリセプターとして新人サポートをすることは、私のとってとてもやりがいのある役割でもあった。 病棟のチームリーダーのトレーニングも受けながら、新たな領域に踏み込む。 日々成長の毎日は、忙しくも充実はしていて、収入も生活に困らないだけある。 これからのことは常に頭にあって、5年目まではこの病棟で働いて、 その先はキャリアアップのステップを踏もうと考えていた。 当時お付き合いしていた彼とは、結婚の話も出ていた25歳。 周囲から観たら順風満帆な感じだったと思う。 だけど、私の中にはいつだって満たされない何かがあった。 それでも、5年目から先の人生を想像し、 大学院か?専門・認定看護師か?保健師か? 結婚して子供がいる中でどう働くか? 収入を上げ続けていける方法は何か? と日々考えては調べ、どれもやれるだろうなという確信を感じながらもピンとこずにいた。 「今のままでも満足といえば満足。だけど何かが足りないと感じているなんて、贅沢なのか?」 そんな感覚の中、私は自分の人生に戸惑いを感じていた。 自分が何をしたいのか? これだというものがわからなかったから。 「人生ってきっとこんなものなのかもしれない。」と言い聞かせようにも、納得できない自分がいた。 忙しい日常から一生懸命延長線を何本も引っぱってみては想像する。 そんな日々をひたすら続けていたのです。 本当の自分の気持ちはどこにあるのか?苦しい理由をしるきっかけ 当時の私は、自分の本心がまったくわかっていなかった。 そして、その当時の日常もそれなりに心地よかったから、飛び出すこともできずにいた。 そんな中、私は友人を通して、 自分の本来の感情を知る大切さを教えてもらう。 これまで育ってきた中で抑えてきた感情。 〇〇であるべき。〇〇しなくちゃいけない。 と勝手に作られていたルールや思い込みに気づくきっかけだった。 何が足りないのか? 私は何がしたいのか?どう生きたいのか? 今私は誰の正解を生きているのか? 誰に認めてもらおうとしていたのか? なぜ私は怒りや悲しみが苦手で、親しい人ほど自分の本音を伝えることへの抵抗が強いのか? その答えを知るべく、私は毎日ノートに自分の感情をつづることを始めた。 忙しい毎日で、さっと過ぎていく感情たち。 仕事だからクールに振る舞ったり、厳しく振る舞ったりすることもある。 だけど、心の中で感じていることもある。 それらをただ書くことから始めていった。 患者さんや同僚とのやりとり、パートナーとのやり取りの中で、私が引っかかったことや心が動いたこと。 書き出す習慣ができると、その感情に対して「なぜ?」を問う。 その感情の根底にある、私の価値観や思い込み、譲れないものや、別に縛られる必要はないルールが見えてきた。 自分が本当はどんなことを感じているのか? がわかるようになると、そこから 本当はどうしたいのか? がわかるようになっていく。 私は子供の時から真面目で良い子をやってきていたので、 周囲に合わせること 相手の望むことをさっとやること が得意だった。 その結果、自分は本当はどうしたいのか?は瞬時に抑え込む癖がついていたことに気づいだのです。 癖とは習慣である。修正するのもまた習慣である。 癖とは手ごわいもの。 20年くらいずーっとそうやって生きてきたことだから、全自動でそうなる。 それを一つ一つ、本当はどうしたい?と確認して、自分の気持ちを確認したり、選択してく作業をしていく。 それを始めたのは26歳。まるでリハビリだった。 気を抜けば全自動スイッチがオンになる。 だから丁寧に、自分に問う。 こんなに自分を気にかけるなんて、人生初めてだ!と心底感じた私。 だってそれまでは、家族とか、友人とか、周囲の人や何かのことを考えたり、気遣ったりしていて、自分のことは置いてけぼりだったから。 リハビリ期間中は、「これは私、自己中なんじゃ?」と感じることさえあったほど。 そんな時にシャンパンタワーの法則を知って、私は自分をまずは知り、自分を満たすことからなのだと、とにかく実践していった。 続けていくと、新たな習慣ができ、癖づいていく。 神経を使う度合いが変化して、自分の気持ちを拾えるようになっていった。 気持ちに気づいたら、それを言葉にすること、伝えること、自分の想いを叶えること。 その行動のステージは、オーストラリアのワーホリ期間に鍛えられた。 海外生活をするだけでは気づけない自分のことを知るために 多様性にあふれたこの土地で、私は様々な価値観や考え方に触れ、「私は私でいいのだ」と思えるようになっていく。 すると、さらに素直に自分の想いが湧きあがってくるようになっていく。 そして、前回の記事で書いた想いにも気づいていきました。   そう、私はただ海外に来ただけでは、自分の本当の想いには気づけなかったと思っています。 その土地の時間に身を任せてみる。 その土地の考え方や、価値観を受け入れてみる。 と同時に、自分の中にある感情を一つ一つ拾っていくこと。 これらがあったからこそ、私は「ありのままの私でいいのだ」と思えるようになり、 そう生きられるようになっていったのだと思っています。   ただ何気なく過ごす海外生活ではなく、 自分を知る、自分の本来の気持ちを知る、その気持ちに沿って生きる そのステップを踏めるよう、私はライフコーチとして、自分のプロセスと経験を伝えています。   もし、今「何かが足りないけど、それがわからない」「自分のことがよくわからない」と感じているなら、まずはノートを1冊用意して、自分が思っていることや感じていることを書きだしてみてほしい。 書き出したことを自分の目で観ることで、新たに気づくことがあります。 それは、あなたが実は我慢していることや、あなたにとって大切な価値観や、あなたの本音の部分。 これに気づかぬままに、自分らしい人生も、自分らしい何かも、やりたいこともわかりません。   自分のことがパパっとわかる!魔法の呪文はないわけで、一つ一つ自分のココロを知っていくことが、自分らしい人生、生き方、やりたいことに繋がっています^^

あなたらしく生きる

海外生活:時の流れが違うなら、それに従い肩ひじ張らずにゆっくり生きてみる。

オーストラリアにワーホリに来て、私は肩ひじ張らずに生きることを知りました。 等身大の自分を良しとして、できないことはできない。わからないことはわからない。と見栄を張ることなく素直に生きる人生へシフトしました。 できない、わからないなら、学べばよい。 成長していく自分。成長している自分。それでいいって思えるようになったんですね。 スケジュール帳に余白がなかった20代 長野県の山間に育った私には、家族旅行で訪れる東京はとてもいつもキラキラしていました。 だから、高校生で大学進学を考えた時、上京して一人暮らしをするという選択は1つの憧れ。 家の手伝いや家族の色々をせず、自由に暮らせるだろうと思っていたし、なんでもそろう都会は私にとって大きな憧れだったのです。 実際に大学生になり、一人暮らしを浦安でしていた時、私は自由でした。 経済的にはまだまだ親のお世話になっていたけれど、できる限りは自立していたかった私。 バイトで稼いだお金をやりくりし、その中でできるやりたいことは色々やりました。 学生時代は、バイトとサークルと講義でスケジュール帳はいつでも真っ黒。 空白の日ってほとんどなくて、隙間時間に課題や勉強を詰め込み、今振り返るとよくあんなにフル回転していたな~と思います。 だからでしょうね、看護師になって、看護師として働き収入が得られること、勉強も直接現場に反映される日々になったとき、なんて楽なんだ!と感じたものです。 (新人の過酷さはもちろんあったけど、それだけをしていれば生きていける感じが楽だったのです) 何足もの草鞋を履く必要がないことが楽だったんでしょうね。 仕事に慣れてくれば、やりたいことをやることもできるようになってきて、私はいつだって興味のあることを色々やってきました。 20代の私は、学生から解放されて余力が出たことで、 「自分にしかできない何かをもっと!」と求めていました。 だから、相変わらずスケジュールも目いっぱい詰め込んで、アクティブにエネルギッシュに過ごしていました。 予定が空白だと落ち着かず、1日一度は家を出ていたい感覚がいつもあったんです。 それは、いつも何かが足りなくて、落ち着かなかったから。 アクティブに挑戦してみても、一瞬は幸せ!最高!って高揚しても、その満足感は持続しない。 だから、次を探していたんです。 私を満たしてくれる何か。 私が幸せ~って感じられる何か。 高校生時代の吹奏楽部みたいに没頭し、熱中できる何かを求めていたんですね。 憧れの東京も、時間とともにおなか一杯になってくる あんなに憧れていた東京。 キラキラした都会、ラグジュアリーな世界やブランド・・・ 看護師という職業柄、お付き合いで高級料亭やホテルのバーなどいろいろ連れていってもらうこともありました。 それは毎回新鮮で、素敵な体験だったし、本物に触れる機会をたくさん頂けてありがたいな~と楽しみました。 だけど、なんていうのか、連れていっていただけるから行くのであって、自分から求めているものではないな~と感じてしまったのです。 そんな中、原因不明の体調不良に見舞われたり、生きることを考えるようになったとき、私はもっとゆっくり暮らしたいのだ・・・と改めて感じるようになりました。 大学病院の看護師として働いてきて、キャリアも考えてきたけれど、私はちょっとゆっくり落ち着いて暮らしてみたいと感じるようになっていたのです。 住まいも都会よりもちょっと田舎にあこがれだしたりして、自分の育った田舎、地元の環境が心地よく感じられるように。 子育ては田舎でしたいな~という想いも温めていて(まだ結婚さえしていないのに!)、だんだん東京はもういいな~なんて思うようになったのです。 私が本当に求めている生活、ライフスタイルってどんなものなんだろう? どんな風に暮らしたいか?生きたいか? 東京の暮らしを経たことで、初めて真剣に考えるようになったのです。 海外生活で経験する、時の流れの違いと自分の心地よさ 28歳でオーストラリア生活を始めた時、社会人から学生に戻り、時間の使い方が圧倒的に変わった私。 語学学校が終わって、バイトもない時、時間を持て余してしまう自分を見つけました。 ゆっくり暮らしたいって思っているのに、長年しみついた習慣でそわそわする自分に笑えてきました。 南米の友人たちと、セブンイレブンの2ドルのコーヒーを購入。 ただ公園で雑談しながらのんびり過ごす。 週末はビーチに出かけて、海で遊んだり、ビーチでのんびり過ごす。 私は、心から「こんな時間幸せだな・・・」って感じるようになりました。 そして、オーストラリアのファミリータイムやプライベートを大切に働く文化が、私のそれまでの常識、当たり前を壊していきました。 17時には閉まるお店たち。 たまにクラブに出かけることはあっても、普段は家でゆっくり過ごす。 日本でもアフターファイブなんて関係ない働き方をしていたので、このライフスタイルは衝撃レベル! だけど、それが当たり前のオージースタイルがいつしか体に染みついて、心地よくなっていきました。 ワーホリスタート前は、語学学校を卒業したらバイトでとにかく稼ぐ!と意気込んでいました。 だけど、実際に暮らしてみて、 暮らせるだけのお金と、次の資金がたまる程度あれば無理はしない。 と、私は守りたいライフスタイルを優先することにしたのでした。 郷に入れば郷に従えではないけれど、豪に入って豪に従ってみた結果 その土地の時間の流れの中で生きてみる。 この経験の大きさ、影響力を感じています。 今の私は、日本の東京では暮らせないな・・・と思うからです。 暮らそうと決めれば、またそこに適応していくかもしれません。だけど、暮らしたいと思えなくなりました。 今、私が感じているのは、 オーストラリアのこの日々を、穏やかに安心して暮らせることが一番だな。 ということ。   毎日を丁寧にゆっくり暮らしたい。 カラダもココロも喜ぶ生活、生き方をしたい。 大好きな料理、保存食づくりや、調味料仕込みなども思う存分やりたい。 絵を描くこと、色付けすることも大好きだから、それに没頭する時間も持ちたい。 音楽は欠かせないから、サックス、ピアノは奏でたいし、ギターかウクレレ、ビオラを新たに練習したい。 海外で暮らすこと、移民について考えていることや感じていることを、もっと発信したい。 自分の個性を活かす方法は多岐にあり、やりたいことはそれぞれ繋がっていくことを知っているから、それを楽しみやり続けていく生活を送りたい。   そして、今私が「私は私でいいのだ!」と、満足感や幸せを感じて生きられるようになったプロセス、経験を伝えていきたいし、あなたも大丈夫!ってその人らしい生き方をサポートしたい。   これらの想いって、実は私はずーっと心に持っていた。 日々の忙しい暮らしの中で、「いつか」「遠い夢だな・・・無理かな」と優先してこなかった想いたち。 看護師としてのキャリア、結婚や子育て、そういうことを一生懸命考えて優先していた私は、大切なことを置き去りにしていたのだと、このオーストラリアで気づきました。   今、私はこの想いを大切に、優先していきている。 やりたいことをやる人生を生きている。 まだまだ時間と豊かさのコントロールは勉強・修行中の身ですが、20代の頃のような感覚はありません。 焦らず、おごらず一つ一つ丁寧に取り組んでみる。 自分のカラダとココロの声に素直に生きることで、自分らしく幸せに生きてられているなと感じています。   海外生活では、確実に日本とは違う流れがあります。 最初は、不意打ちを受けたように、持て余してしまうこと、戸惑うこともあるでしょう。 だけど、せっかく現地のその時間に身を置いているのだから、その時間の流れに身を任せてみることで、新たな世界が広がっていきます。 自分の心地よさを知る、人生の選択肢が増えることは間違いありません^^  

人生が変わる瞬間

Because I am a Girl~女の子だから~自由を制限されることのない世界へ

女の子だから・・・この言葉の続きは何ですか? 私は三姉妹の長女として生まれて育ちました。 長野県の伊那市で、学校も当たり前に通ったし、読み書きもできます。 さらに言えば、大学まで通うことができて、看護師になることができました。 大学や看護師になることも、私が決めたこと。 そして、実現することは難しいことではありませんでした。 ・ ・ ・ これ、日本で話したら、そんなに珍しい話ではないですよね。 では、これはどうでしょうか? この文章を読んでどう感じますか? もし、「そんなことはない。」 と感じたなら、知ってほしい世界があります。 私はオーストラリアに来てから、移民であっても厳しい母国のしきたりや、文化に従う両親によって、自由が制限されている女の子がたくさんいることを知りました。 あなたは、銃撃された15歳のマララさんを覚えていますか? 2012年15歳の少女が、タリバンに銃撃された事件を覚えていますか? 彼女の名前はマララ・ユスフザイさん。 なぜ、彼女は銃撃されたのでしょうか?   それは、学校に通っていたから。 女性も教育を受ける権利があると主張していたから。 女性たちの希望になろうとしていたから。 世界を変え始めていたから。   イスラム過激派のパキスタン・タリバンは、イスラムの教えに反しているとして、女性が教育を受ける権利を否定していました。 学校や教育機関を次々に爆撃し、多くの生徒が亡くなったり、学校に通えなくなりました。 さらには、命令に従わなかった人たちを処刑するなど、恐怖で支配をしていたんです。 そんな中、当時11歳のマララさんは、ブログを使い、その現状を世界に訴えました。 英BBC放送のブログに日記を投稿。 米ニューヨーク・タイムズの短編ドキュメンタリー制作に協力。 あらゆる場所で声をあげました。 世界中に大きなインパクトと反響を与えることになったのです。 大人でさえ声を上げることができない環境の中で、11歳の少女は声をあげたんです。 この経験から、彼女は「ペンは剣よりも強し」ということを知りました。 そして、一人の人間(タリバンの幹部)が全てを破壊することができるのなら、たった一人の少女がそれを変えることもできるはずだ。と、声をあげ続けました。 そんな中、彼女は銃撃されました。   当時、私は日本にいましたが、彼女の回復を祈る人がたくさん映し出されているニュースを観ました。 彼女を希望だという女性がたくさんいました。 英国に運ばれ、治療を受けた彼女は、奇跡の回復を遂げます。 そして、女性の未来を変える活動を続けていまきます。 2014年彼女は、史上最年少でノーベル平和賞を受賞。 そのニュースを覚えている人も多いと思います。 ぜひ平和賞授賞式でのスピーチを聞いてみてほしいと思います。 そして、彼女がこのように勇敢な女性へと育つ背景には両親の姿があります。 彼女の父親である、ジアウディン・ユスフザイさんのTEDトークのスピーチがあります。 この父親の決意や、行動もなくてはならないキーだと私は感じています。 いつの時代も、おかしいという違和感を見逃さずに行動した人が世界を刺激していくのだと感じます。 ひとりの少女が世界を刺激する Because I am a GIRL. この言葉の先に続く、未来を変えるキャンペーン、プロジェクトが彼女の行動をきっかけに各国でスタートしました。 Girl Risingもその一つです。 まずは、世界中の女の子の現状を知ってもらう。 女の子たちが未来を変えるために、勇気ある選択と行動をしていることを知ってもらう。 そして、女の子が教育を受けられることで世界にどんな変化が起こるのかを知ってもらう。 その為に製作された映画 「Girl Rising」では 9人の女の子のストーリーと世界の女の子の現状が映し出されています。 日本では「Because I am a Girl」というプロジェクトです。 現在、5周年を記念したその後の彼女たちの短編が加わった、スペシャルエディションも製作されています。 私もチャリティーに参加すべく購入し、改めて本編と追加編を視聴しました。 そこには、あきらめずに行動し、夢を実現している女の子。 チャンスをつかんで未来を変えた女の子。 と同時に、いまだ厳しい環境の中にいる女の子の姿がありました。     今日私がまず伝えたいことは、 世界の状況をまずは知ろう ということ。 知ることで変わることがあります。 それは、少しの意識だったり、行動や生き方だったり。 この映画、現在日本ではチャリティー上映が各地でされています。 そして、日程は近いのですが、関東で無料チャリティー上映される機会があるので、そのシェアをここでさせてください。 ~女の子たちが、世界を変える~ 『Girl Rising』チャリティー上映会 上映会に行けないけどという方、レンタルまたは購入ダウンロードが可能です! 上映に行けないけど、視聴したいという方。 英語音声と英語字幕のインターナショナル版をレンタルまた購入することで観ることができます。 購入した金額は募金に繋がります。   日本でこのGIRL RISINGに繋がる活動をしているのは、プラン・インターナショナル・ジャパンです。 『Because I am a Girl 』のページでも、世界の女の子の状況を知ることができます。 本日は情報のシェアでした。

海外生活

オーストラリア生活:コモンウェルスゲームから思う移民国家の多様性と課題について。

すっかり秋めいてきたブリスベン。 オーストラリアは4月4日から4月15日の期間、 The Gold Coast 2018 Commonwealth Gamesで盛り上がっています。 コモンウェルスゲームってそもそも何か? コモンウェルスゲームとは、1930年カナダのハミルトンで開催されたBritish Empire Game(ブリティッシュ・エンパイア・ゲーム)から始まった、4年ごとに開催される国際的なスポーツ大会のこと。 そもそもコモンウェルスって?と思う人も多いと思います。 私も最初はそうでした。 コモンウェルスとはイギリス連邦のことで、かつての大英帝国とその植民地であった独立国家からなる国家連合です。 どの国が連合なのか?ということに関しては、この参加国を見てみるとわかりやすいです。 The Gold Coast 2018 Commonwealth Games公式ホームページの参加国一覧を見てみてください。 日本では聞きなれないコモンウェルスというワード。 オリンピックの様に盛り上がっているけど、いったい何??と感じている人もいるかもしれません。 ゴールドコーストは地域を挙げて、このゲームを盛り上げています。 私がいいなと感じた、スポーツとパラスポーツが一緒に開催される姿 オリンピックと違うのは、パラスポーツも一緒に日程が組まれて開催されていること。 スポーツの日程の中で、普通にパラスポーツの選手たちの競技も組み込まれています。 そう、オリンピックとパラリンピックの様に分かれていないんですね。 パラスポーツの数が少ないというんのもあるかもしれませんが、 一緒のスケジュールだからこそ、よりパラスポーツを知ってもらえる機会、 パラスポーツが特別なものではなく、みんな同じであるという感覚が共有できることは素敵だなと感じています。 ちなみにこのコモンウェルスゲームでは18スポーツと7パラスポーツが開催されています。 2020年の東京オリンピックでは、33競技。 パラリンピックでは22競技が開催されます。 開催に際しての盛り上がり方や、力の入れ方はまるでミニオリンピック。 コモンウェルスゲームに参加している選手たちは、オリンピック・パラリンピックとコモンウェルスゲームが2年ごとのスケジュールになります。 だから、今回選手たちからは、2020 TOKYOというワードがいたるところで出てきます。 そうか2020年は東京オリンピックだと感じる場面が多いです。 移民の多いオーストラリアだから感じる多様性 オーストラリアは移民国家でもあります。 参加選手たちのバックグラウンドを知る特集がありますが、その背景は様々です。 このオーストラリアで生まれた人であっても、両親は違う国の出身であることも多いですし、家族と一緒に移民してきた人もいます。 日本でもハーフや帰化した人もいますが、その数に比べるとオーストラリアは圧倒的に多い。 改めて、この国の多国籍文化を感じる部分があります。 そんな中で私も、現在のパートナーと暮らし始めてから、国民意識て何だろう? とふと考えることがあります。 私自身のこれからを考えるとき。 私のパートナーは純オーストラリア人です。アーミー経験もあり、オーストラリアの歴史や文化もとても詳しいです。 私は日本人。 私たちが結婚して子供ができた時、彼らはオーストラリア人としてこの地で育ちます。 正直なところ、私にはこの国の教育の実際や、ここで育つということがどんな感じか?は想像できない部分がります。 情報は集めることができるけど、実際は経験していないわけです。 きっと彼はオージーのライフスタイルや学校生活を知っている。 だけど、今ほど移民の多い時代とも違ったわけですよね。 学校でも様々な背景の子供たちがいる。 その中で生きていくわけです。 私が日本で育ったのと圧倒的に違うのは、多様性に触れる機会だと思うんですよね。 日本人しかいない学校、いてもハーフの子が珍しい!みたいな環境ではなく、もう様々な文化や背景のある親の元に育つ子友達が集まってくる。 こういった環境の中での子育てはある意味楽しみでもある私。 「みんな違って、みんないい。」 ということを自然と知り、多様性を受け入れ尊重しあい、そして自分自身を活かす生き方が出来る子育てが出来たらいいなというのが、私の夢でもあります。 移民家族で見られる課題もあるオーストラリア 姪っ子ちゃんと話をしていた時、イスラム系の家の友人の話をしてくれることがありました。 そこで、厳しい家庭だとオーストラリアであっても自国の文化や規律を守り続けている人も多いということを知りました。女性の社会進出に関してや、結婚についてなど。 姪っ子ちゃんはその友人が抱える葛藤などの相談に乗ることも多く、オーストラリアで生まれ育ったのに、自由が制限されている現実に憤りを感じていました。 こういった問題は、オーストラリアでは珍しくないのが現実。 移民を望み、この国に住む権利を得たあと、どのように暮らすか?という部分はその人それぞれです。 SBSのテレビ番組で、信仰の違う二人が結婚するということにつてのドキュメンタリー(Marry Me, Marry My Family)もあります。 信仰、文化の違う2人の結婚は、家族も巻き込みなかなか大変な様子が映し出されています。   他にも、発展途上国などからの移民の場合は、オーストラリアのシステムを理解したり適応したりできない場合も多くあります。 ゴミ捨て収集のシステムを使えなくて地域中がごみだらけのところもあったりします。 そういう地域は自然と治安も悪くなっていることが多く、気を付けるべき地域になってもいます。 政府が移民を地域ごとにまとめたために起きた問題でもあると、現在オーストラリアの課題にもなっています。 私が今感じている、移民国家で大切な視点について そういった現実を見ながら私が思うのは、 お互いの文化や生活システムへの敬意を払いながらも、お互いが暮らしやすい環境を整える。 ことが大切なのでは?と思います。 理解できないのなら、説明の仕方の工夫や移民プログラムの見直し、適応できるように手を差し伸べる。 問題だと投げ捨てることなく、彼らの背景や文化も尊重しながら、共に暮らすという視点を持っていくこと。 が大切だと私は感じています。 コモンウェルスゲームからかなり引っ張りましたが、海外で暮らすからこそ見えてくることがあります。 国際留学生同士のかかわりだけでは見えない部分も、その土地で暮らす人たちとの会話によって知ることができます。 ホームステイや、ローカルで働いた先で出逢う人などとぜひ会話をしてみてください。 そこでしか知ることのできないオーストラリアがあるし、考えるきっかけを与えてくれますよ。