河合ゆうきのこと

河合ゆうきのこと

人とのご縁が人生を加速する。夢や目標を形にするきっかけは、いつだって人とのつながりの中にある。

週末はとってもワクワクするミーティングをしておりました! そのお相手は・・・ なりたい自分になるWH・留学グループ BeX をシドニーで運営している、ちえさん! ワーホリや留学生の知りたい、あったらいいなをイベントにしています。 オンラインではなく、直接会うのは初めてだったんですが、 私たち人生に対する方針、大事にしたいところや生き方が近いんです。 ちえさんは、やりたいことをやりながら自分らしく人生きている人。 私も同じく、やりたいことをやりながら、私らしく生きています。 そんな二人がブリスベンの観光スポットでもある、 Mt Coot -tha(マウントクーサ)のてっぺんで、ワクワク盛り上がっていました! 伝えたい、あふれる情熱のありかはどこか? 海外生活を通して、 自分らしい生き方にシフトし、 後悔しない人生を生きる人を増やす。 誰にどうみられるか? 社会的ステータスがどうか? といったことは 一切関係なく、 自分が幸せか? 自分が楽しいか? 自分が満足できるか? という 本来の自分の価値観 を基準に生きる人を増やす。 日本だとついつい気になる周囲の目。 集団の中の自分の立ち位置。 会社や肩書などのステータス。 それらをすべて取り払い、 枠を壊して、ありのままの自分になる。   その上で、 どんな自分でありたいのか? どんな事をして、 どんな人と繋がり、 どんな人生を生きたいか? その想いに従い生きていく。 ありのままの自分で、 自分らしく後悔しない人生を生きる。 そんな人を増やすこと。 私の情熱はここにあります。 情熱が共鳴する人との出会いによって、夢が実現に向かって動き出す 昨日はまさに、このパッションが共鳴するミーティングだったんです。 私にとっての新たな挑戦。 そして、今年の叶えることリストに書いていたことでもある。 そんな新しい企画・準備が始まっています。 叶えることリストに書いてはいたものの、私一人では一歩踏み出せずにいた部分。 だけど、やっぱり挑戦のきっかけは人が運んでくる。 チャンスは人とつながることでやってくると実感しています。 そして、一人じゃないから突破できるようになる。 パッションのある者同士が集まると、ワクワク楽しくなります。 これって、自分らしさを探している人、 自分らしく生きたいけど、 一歩踏み出せずにいる人も同じです。 自分らしい生き方に迷う、一歩踏み出せずにいるなら人とのつながりを意識する 自分一人ではハードルが高いと感じる一歩。 その一歩を踏み出すハードルをグンと下げる方法は、   ともに一歩を踏み出す仲間と繋がる すでにその一歩を踏み出している人をガイドにする   ことです。 そうやって仲間やガイドと繋がると、 「難しいな・・・厳しいな、頑張らないと・・・」 と感じていたことが、 「できるかも・・・。 一緒にやったら面白いかも。 いや、絶対できるし楽しい!」 というワクワクし始める次元まで上昇し、変化していきます。   そうやって気持ち、マインドが変化すると、 行動力が上がって、行動できるようになる。 すでに行動している人なら、加速していきます。   自分が選ぶ、繋がる環境と、 そこから得るマインドって、ほんとーーーーーに重要なんです!!!   ということを、昨日のミーティングでは改めて感じていました。 だって、たった一人との出会いによって、 叶えたいことリストの一つが始動し始める。 しかも、大変とか苦しいとかなく、 めちゃめちゃ楽しみ!とワクワクしながら動き出す。 そんな私とちえさん@マウントクーサ 今日からつながる人、身を置く環境、そこから得る気持ちやマインドを意識する ぜひ、あなたが選ぶ環境、繋がる人、 そこからあなたが得ている感情、気持ちやマインドを意識してみてください。 きっと今ぼやっとしていることや、 きっかけやチャンスがないと感じていることも、 選ぶ環境、繋がる人 によって、きっかけやチャンスを手に入れることができます。 そして、このきっかけって 案外身近にあったりするものです。 ぜひ、周囲を見渡して、 ちょっといつもと違うアクションをしてみてください。 きっと、面白い変化がありますよ^^   そして、 ワーホリ・海外生活におけるワクワクして夢が形になるマインドは、 マインドセットセッションで、 「できるかも、いや、できる!楽しくなる!」 という次元に整えることができます!!   現在、限定50名の無料キャンペーンは残り30名! ワクワク以上に不安や心配・・・ ワーホリの目標や目的が微妙・・・ 本当にワーホリに挑戦できるのか・・・ なんてもやもやしている人は、…

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親との関係って色々ある。だけど、後悔しないよう伝えられる今、伝えよう。

自分らしい生き方を磨く ライフコーチ河合ゆうきです^^   先日は私の父の誕生日でした。     オーストラリアに来て3年。 私、家族の誕生日にはメッセージは送っているけど、 2017年は家族も色々ありました。 思うことたくさん、気づくことたくさんだったのです。   また、2016年から、フリーランスとして働きはじめ、 どこかに所属してお給料をもらうのではない働き方のプレッシャーや孤独感、 不安といったことも実際に感じてきました。   そんな中、父のことを想ったんです。   建築士の父ですが、リーマンショックの打撃を受け、 アネハ事件の影響も受けながらも、 私が15歳くらいの時には独立していました。   あれからずっと父はひとり頑張ってたんだな・・・と。 孤独な闘いがあるし、プレッシャーや家族の存在、 私なんて自分一人の気楽なもの。 父は家族を養うという責任の中でやっていたんだな。   と感じることがありました。   それに気づいてから、私は父への感謝や思うこと、感情が変化したんですよね。   経済的な部分では、我が家は色々ありました。 家族ってみんなどこもそれぞれに大変さがあります。 私も、10代から20代半ばまで様々な感情とともに我慢したこと、 言えばよかったけど言えなかったこと、いっぱいあります。     真面目な長女ってそうですよね。 昨日読んだなり心理学、なりさんの■長女は女優!!!なんて、首を痛めるか!ってくらいうなずきましたもの。(笑)   2017年私は、父に対して 甘えればよかったな~って思ったんです。 様々なシーンで。   そして妹が教えてくれた。 妹の旦那さんと父が話してたんですって。 父にとっては義理でも息子だから、距離感が私たちと違うのだと思います。   娘を持つ父の想い、 もっと頼ったり甘えたりしてほしかったようです。   そう、私は、真面目に迷惑をかけず、しっかり者でい続けすぎました。   正直大学で一人暮らしを始めた時も、 周囲の友人などは、親が心配して何かを送ったり、 電話してきたりしてました。   そんな時、私、皆無。 信頼されているってことは十分わかってた。 だけど、ちょっと心配してほしいと思った。 結局自分から電話しまくって話してたんですけど。 ホームシックになるなんて私もびっくりな18歳だったので。   まさに、信頼されていることはわかっている。 だけど、愛されているということがわかってなかったのです。   不器用でね~。自他ともに認める。 父もわかってたんですよね、そのあたりは。 だから、看護師になったときも、バーンアウトしないかと心配していることを伝えてくれました。   東京から地元に帰る時も、連絡すれば駆けつけてくれる。 今もオーストラリアから戻ったとき、東京から地元に戻るときは連絡しろよって言ってくれる。   今回の日本の夏の滞在も色々あったんですよ。 祖父の一周忌もね~。 妹の出産に関しても。 そんな時も、困ったら父に電話すると、 仕事場と今の家は離れてるんですけど、すぐ来てくれました。   それまでの私は、そこに愛情があることをわかっているつもりでした。   だけど、つもりだった。     それが今年、やっと心から愛されているってことを感じられたんです。   おそ!って思う人もいるかもしれません。 だけど、私は遅くはないと思っていて、 31歳でわかってよかったと心から感じたんです。 まだ父は生きているし、伝えることがまずはできたから。   父へのメッセージにはそれを書きました。 甘えればよかったって素直に書いた。 書きながら思い出す幼少期のこと、 私の思い出のほとんどって父との記憶なんですよね。 それも伝えました。   なんか、ちょっとすっきりしたというか、 返ってきた返信がまた父らしくて、 2018年は父にもっと会いに帰ろうと思いました。   自分の素直な気持ち、想いを親に伝える。 もし、伝えたい想いがあるのなら、伝えられるときに伝えよう。 それを伝えないまま、もしこの先伝えられなくなってしまうとしたとき、 後悔すると思うなら特に。     看護師時代の生きる死ぬの現場にいたこともあり、 いつでも伝えられる、いつか伝えようと想いながら、 結局伝えられないまま、最期の時を迎えた家族も私は見てきました。  …

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人生を変えるきっかけは日常の些細な場面でやってくる。

自分らしい生き方を磨く ライフコーチ河合ゆうきです^^   11月11日は大切な友人の誕生日でした。 ポッキーの日って覚えやすい。   出逢ってから5年?まだそれだけだったのか。 と感じるくらいなのだけど、11月11日を迎えるたび、 人生が変わるきっかけって、 本当に日常のどこにあるかわからないって思うのです。   友人との出逢いは、 私が看護師として働き、 「本当は何がしたいんだう?」 と絶賛もやもや期の時でした。   どこで出逢ったか?   新橋の立ち飲みバーです。(笑)   その日、先輩と飲みに行っていた立ち飲みバーで、 お酒を買うのに並んでいた列の前に立っていたのがその友人でした。   「今日は混んでますな~」   振り返って声をかけてきた姿は今でも覚えています。   彼とその友人、私と先輩。 はたから見たら新手のナンパか? って感じですが、 お酒を買って、話すなかで意気投合!   さらに、語学大卒業で、 海外留学や生活の経験もある彼らの話に、 私はどんどん引き込まれていったのでした。   今思えば、私のさび付いていたアンテナが、 この時にわかに働き出してたんでしょうね。   語学堪能で、好きなことして生きている、 自由に生きている姿に、 この人たちと仲良くなりたい! と思ったのでした。 (当時の私からしたらキラキラして見えていた!)   初めて会って、あんなふうに盛り上がることも少ないけれど、 アンテナに従い連絡先を交換。 その後も、食事を囲んでは友人同士で お互いに人生や仕事、生き方について話す仲になりました。   それまで、病院の医療関係者の中で過ごしてきた日々。 大学から考えるとすでに8年近くです。 その間に、こんなこと言い合えるような、 新しい友人ってできませんでした。   大学からの友人、職場の同期とも仲は良く、 そこに不満はなかったですが、 それでも固定された人間関係の中では、 やっぱり人生に広がりはなかなか見いだせなかったのです。   そんな日々が、新たな友人を通して斬新で新鮮な風がバンバン入ってくるようになりました。 それまでの私にはまったくなかった視点や価値観で、 私の小さい視野、ビックリするような制限に気づき、 どんどんそれが外れていく日々でした。   そして、私は彼らとの時間を通して、   私という人間は何者か? 何が大切で、何が好きで、何が強みで、何が苦手か? どんな人生を生きたいのか? 何をしたいのか?   真剣に考え、振り返り、自分の想いをくみ取るようになりました。 それまで、周囲に合わせて真面目に生きてきた私は、 彼らの人生は楽しまなきゃ!という前提と、 時にくだらなくてもよい!とふざけることも本気な姿にふれ、 人生って実はこれからめちゃめちゃ楽しくてワクワクするものなのかもしれない! と日に日に感じていったのでした。   そして、私は、海外生活をしてみたい。という 実はずっと心にあった想いをはっきりと認めたんですよね。 それまでは、ちょっと頭をかすめても、 そのたびに、でも、だってと今の自分の状況や環境を言い訳にして封印していたやりたいこと。 だけど、彼らを目の前にしたら、もう見逃すことってできない。   はっきりと「オーストラリアにワーホリに行く!」と伝えた時、 彼らはしっかりと背中を押してくれました。   海外生活は大先輩で、大変なことも経験済、 ホームシックも経験済な友人は、 私の決断してからの揺れる日々にも大丈夫だということを 絶妙なタイミングで伝え続けてくれました。     その結果です。 私は2014年にオーストラリアにやってきました。       彼らと出会って2年たったか経たないかの間に、 私の人生はグーンと大きく舵を切った感じでした。 それまでは、誰かに舵をゆだねていたり、 舵は目の前にあるのに、大海原でそれを握らず、 潮の流れや天候に流されるままだったように思います。   私は新橋の立ち飲みバーで出逢った友人との出会いによって、 新たな出会い、自分の普段の生活圏の一歩外に、 本来の自分に気づくきっかけがあることを知りました。 日常の中の本当に些細な出来事、きかっけです。 だけど、ここから私は自分の人生を生きるきっかけを得たと感じています。…

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田舎あるある?田舎の家督問題と三姉妹長女の私の価値観。

自分らしい生き方を磨く ライフコーチ河合ゆうきです^^     現在私は日本にいます。 祖父の一周忌と新盆の為に帰省しました。   1年前、88歳で他界した祖父。 祖父は家族にとってもかなり強烈な存在で、 私が真面目優等生に育った理由も、 私がそうしていないと母が祖父に怒られるから。 自然に選んだ看護師の道も、 一時は真剣に祖父の影響を受けすぎているのでは?と本気で悩んだものです。 それほど影響の大きかった祖父です。   そして、私が20代まで、 最も向き合いたくなかった問題が、 この家を継ぐ、家督の問題でした。   母はこの家の二人姉妹の長女で、 この家を継ぐために婿養子で結婚しています。 この村の近隣の組合も、女子ばかりの家はみんなそう。 母世代はみんな婿養子を迎え、この土地に住んでいました。     とは言え、私たち家族が育ったのは別の市で、 私にとってこの村は、たまに来る祖父母の土地という概念です。 (母はここで育っていますが・・・)   そんな中でも、私はずっとプレシャーを感じていました。 この家を継がなくてはならないのだろうか? 育った地ではないこの村のこと、家の事をしなくてはならないのだろうか? そんなことを考えるたびに重たくなる心。 長男とは付き合うな!という雰囲気や、 お見合いの話なんかが出た日には、 あぁ、これはどうしたものか?と感じていました。 (今思えば、当時付き合っていた人はほぼ長男・・・)   当時の私は、両親がどんなふうに考えているかも確認せず、 この問題をまるでないもののように扱ってきました。 それは、向き合うほどの度胸もなく、 自分がどうしたいのか?もわかっていなかったからでした。   祖父が生きているうちは、結婚しない。   そう静かに決めていた部分もあります。(笑)   祖父にはオーストラリアに行くことも言わず、 東京の大学病院で看護師をしている自慢の孫のまま。 昨年祖父は他界しました。     私は、祖父が亡くなれば何かが変わるって思ってました。 言い方は酷いけれど、亡くなってしまえば私は自由みたいな感覚があったんです。 だから、祖父が亡くなれば結婚もできるって思ってた。   でも、それは間違っていたと気づいたのが昨年。   祖父が亡くなったところで、 この家を継がなくていいよって誰かが言ってくるわけでもなく、 この家をどうしたらいいか教えてくれるわけでもない。   そう、私はこれまで、誰かが何とかしてくれるって 他力本願だったことに気づいたのでした。   そして、環境や人がこの状況を変えてくれるわけではない。 結局は、自分の意思と選択、そして決断が人生を作り 変えるのだと深く理解した1ヵ月を過ごしました。   だから、昨年の8月、私は今の働き方を確立すべく、 メンターを決めて、自己投資をしました。 そして、私らしく生きる人生に向き合いながら、 より私らしさに沿って生きていくと覚悟を決めたんです。 そして、一つ一つ選択、決断をしてきました。   と同時に、親子の関係、母との関係、 葛藤や固定概念にも向き合ってきました。   あれから1年たった今、 妹二人はそれぞれ出産をしました。 赤ちゃんと共に一周忌で集まる親族をにぎわせました。 三姉妹の長女の私はまだ結婚もしていないし、子供もいません。 そうすると、やっぱり私に質問が飛んでくるわけです。 応援半分、釘半分の言葉たち。   この家に戻って家を継ぐことが当たり前。 という価値観の多い世代に、 私の今の生き方がどう映っているかが 何となくわかる時間でした。   ‟若いうちは好きなことを後悔せずやった方がいい。 そしたらこの家に戻ってきて両親の様に生きること”   ‟私もそうだったのだから、あなたもそうでしょ”   という雰囲気がある言葉たち。   おそらく20代の頃の私は動揺したり、イライラしたり、その場にいることでかなりエネルギーを消耗したでしょう。   だけど、今の私は、動揺もなく、自分の心を観察し、私の本当の想いとそれを選ぶ方法を静かに見つめていました。   私の価値観で生きていこう。 誰かの正解を生きる必要はなく、 私にとっての正解を創っていくのが人生だから。 この家を継ぐことが、この家や土地を守る全てではない。 この家を継がなくとも、家や家族を大切にする方法はあるはずだから。   親族は悪気は一切ないんです。 ただ、みんなそれが当たり前だから、そうするものって思っている。 そうでないって、みんなと違うって違和感なんですよね。…

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彼の転職を通して感じた、世界共通の「働く」上で大切なこと。

ライフコーチ河合ゆうきです^^     先週の土曜日に、 パートナーが務める会社の送別会に 一緒に参加してきました。     実は最近、転職した彼。 以前の仕事は、オーストラリアにしては グレーゾーンなブラックの香りが プンプンするの会社でした。     ここではあまり書きませんが、 私はこの2年くらいの期間、 彼の仕事を通して、 社員が働きたいと心から感じる企業の在り方、 「働くとは?」ということ、 日本だから海外だからは関係のない、 人の共通部分を学ぶことになりました。     企業も人が経営している。 成長する企業、長く続く企業は、 やっぱり理由と背景があるのです。 彼の転職、新しい会社を通して そんなことを感じています。     企業という組織で考えると、 複雑なように感じますが、 結局のところ本質は人間関係と一緒。 人間関係の基本だと思います。       相手を大切にすること お互いがWin-Winの関係を築くこと 価値の交換であることを忘れない (社員は会社の為に時間、労働力、スキルを提供する。 企業はその頂いたエネルギー/価値をお金や福利厚生など 社員が幸せに暮らすエネルギーとして提供する)     だと私は思っています。 これは、結局のところ、 看護師だったときからどこを見ても変わらない。 このバランスがしっかりと取れている企業や、 組織はすごく活き活きしているし、 仕事の結果もやっぱり良い。     そして、お互いがWin-winの関係を築くために、 人間関係の基本として、 「お互いの存在に対する尊敬を忘れない」 ことが大切だと私は感じていて、 それを忘れないようにと心にとめてきました。   新人だろうと上司だろうと、 子供だろうと年配の方だろうと、 相手の年齢や肩書は関係なく、 お互いに学ぶことがあります。       私はずーっとこれを心に置き、 学生時代から今に至ります。     たとえ、なんだ!この人!?みたいな人でも、 そこから自分が学ぶことがあるし、 気づくことがある。 だから、関わる人は全て意味があると思っています。       と、このネタを語ると 熱くなりすぎるので・・・話を戻します。       海外のあるあるだと思いますが、 会社のパーティーや 送別会などでは、みんなパートナーを同伴します。 今回はカジュアルな集まりだったので、 ドレスアップとかは無かったですが。     で、彼とその上司や職場の仲間の家族の中に私も一緒に。 アジア人私だけだったので、緊張もしましたが、 みんなとってもウェルカムで迎えてくれました。     彼の上司の方とその奥様、 そして職場の方々がみんな笑顔で、 会話や仕事の様子からも、 彼らはこの会社で働くことが楽しく、幸せであると感じました。   だからでしょう、勤続年数もみんな長いし、 会社の業績も良いのです。   組織としても、横の繋がりや アットホームな家族という連帯感を大切にしている。 仕事の環境も良く、社員を大切にしていることが 伝わってきます。     彼がこの会社で働き始めてから、 毎日嬉しそうに帰宅するようになりました。…

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ココロは弱くて強い

  誰でもそう。 どんなに強く見える人も、 表に出さないだけで弱さがある。   どんなに弱く見える人も、 表に出てないだけで強さがある。 人生にはきっかけがあります。 それはココロの弱さと強さを両方知るための。 弱さも強さもあってよいと知るための。   どちらかということは人間ならあり得ないでしょう。   ただ、あるとすれば、 自分の弱さも強さも知っている人かどうか?   自分のことを知らないだけです。   弱っちいなと思っているあなたにも強さがある。 頑張って強く立っているあなたにも弱さがある。   それでいいし、それがいいんだと思う。   だから繋がりあえるご縁がある。   でも、自分のことを自分だけで知るって限界がある。 だから誰かに教えてもらうこと、 気づかされることがたくさんあるのです。     強さも弱さも、両方知っていく過程には、 必ず人とご縁があるよ。