河合ゆうきのこと

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目に見える世界だけではない真実に気づいた波動医療との出会い②問診も採血もせず、原因を捉える医師との出会い

ライフコーチ河合ゆうきです! 私が本来の自分の本質、自分らしさや望んでいること、才能や使命を生きる人生へと生き方をシフトしたきっかけのエピソードを綴っています。 これは、私が20代の時、看護師として充実感を感じつつも心の中では何か違和感を感じていました。 看護師として様々な患者さんのライフストーリーと関わり、その最期の時に関わる中で、多くのメッセージを受け取りました。 そして、その度に「後悔しない人生を、私は生きているだろうか?」という問いを感じつつも、それに対して行動はできずにいる。そんな時期でもありました。 本日はストーリ②です。 <目に見える世界だけではない真実に気づいた波動医療との出会い> ストーリー①自己免疫疾患かもしれない看護師5年目の体調不良 直感的に出会った友人だから言えたこと 症状と不快感、確実に仕事に支障をきたしている現実があるのに、原因もわからず、診断もつかず。 めまいと痺れに対する対症療法の内服をしながら働く。 手の強張りはお湯に手をつけて温めながら対処する。 一体どうなっていくのだろうか・・・。 当時の私は困っていることがあっても、あまり人にそれを話すことをせずにいました。 解決したり、乗り越えた後ならば話すことが容易にできるのに、本当に困っているときは、人に話せず抱えてしまう癖があったからです。 でも、流石に今回はしんどい。 わかって欲しい思いもあり、当時まだ知り合って間もない、だけど直感的に仲良くなった友人に、私が置かれている状態を話していました。 「ゆうちゃん、それねぇ、原因もわかるだろうし、なんとかなるかもしれないよ。怪しいと思うかもしれないけど、信頼している医師がいて、地元でクリニックをやっているんだ。僕は、先生のことを師匠と密かに思っている。」 突然、そんなことを言い出す。 「え?」 という驚きとともに、本当に暗闇に差し込む一筋の光のように感じた瞬間でした。 この友人、出会った時から自ら自分のことを「怪しい」という。 でも、その怪しいと表現する世界は、「気の世界」や「意識の世界」であり、「エネルギーの世界」。 彼の日々の研究や実践から、私も不思議だけど本当に違いを感じる様々な実験を体験し、気の存在、エネルギーの存在、意識の変容や成長と人生の関係などを知り始めていました。 そんな中で、その彼のお師匠とも呼べる医師のクリニックを紹介されたのです。 気の流れで診察する医師との出会い 友人からの提案を聞いた時、すでに私の中で「怪しい」というワードはかき消されていました。 自分が働く西洋医学のフィールドでは、現在どうすることもできないのだから、もし原因がわかり、治すことができるのであれば、私はそれに取り組みたい。 と心から思ったからです。 自己免疫疾患の診断となり、ステロイドを使いながら生きる人生とは違う道があるのなら・・・ 藁をもすがるような思いで診察を受けることを決めました。 そのクリニックは静岡県にある青木クリニック。HPはありませんが、医師会の中で情報がありますのでそちらをここでは載せておきます。 一般社団法人富士宮医師会内の青木クリニックのページはこちら   そして、予約をして青木クリニックへ。 初診なので、基本情報や既往歴などを最初に記載し、普通に診察を待つ。 働くナースたちも、ナース服というよりエプロン姿で、なんだか保育園のような安心感。クリニックというよりも、お家のような感覚がする場所。 診察に呼ばれて、青木先生の前に座る私。 色々聞かれる準備をしていた私ですが、青木先生はすっと手を掲げ、私の体の20cmくらい離れたエリアをしきりに観察し出します。 そして、私が抱えている症状、それがどうして起きているかを話し始めます。 「うん、左半身が痺れていて、特に左手の薬指と小指が痛いよね。めまいは今は落ち着いている感じだけど、これもあるよね。うん・・・歯に詰め物があるね。右側は違うけど、左はアマルガムだね。それの水銀が唾液から広がっているね。肝臓も疲れ気味、腎臓はそこまでじゃない。副腎もそうだね、疲れてるかな。」 その状況に、私は目が点です。 なぜ、わかるの?っていう。 そしてさらに続きます。 「うん。やる気も十分にあるね。うん、これは治りますよ。取り組むことはいくつかあって、あなた次第になる部分もあるけどね。」 そして、診察を止めて、状況を改めて説明してくれました。 私が子供の時に治療した歯の詰め物に、アマルガムがありました。 それは左側の奥歯の一本に使われていました。そのアマルガムは水銀が含有されており、そのアマルガムから水銀がイオン化して唾液に流れ込んでいる。 私の場合は、もともと金属アレルギーの質もあったため、そのイオン化した水銀に反応し、左半身の神経が水俣病のように神経障害を起こしている状態であると。 また、アレルギーの反応や体質にも個人差があること、私の場合は食べ物や、そのほかの歯科金属も影響し合っている可能性がとてもあるとのことでした。 だから、治すためには、歯科金属を外し、体内の重金属をデトックスすることが必要であると。 ただ、歯科金属は一度に全て外してデトックスをすると、好転反応(体が正常な状態に戻るプロセスの中、一時的に症状が悪化したような状態になること)が非常に強く出ることがあるため、中長期計画で外して、デトックスを続けることが大切とのことでした。 また、肝臓や腎臓、副腎の負担の軽減、回復のために、乳卵製品を避けることもオススメされました。強制ではなく、オススメという範囲でした。 そう言われたら、もうやると決めていた私は、その治療を受けたいこと、金属もアマルガムだけではなく、全部外していきたいことも伝えました。 これは、私にとっての希望。食事制限だろうが、何だろうが、全部やる。そう決めていました。 ただ、この治療は青木先生が所属している、バイオレゾナンス医学会に所属している歯科医でなければ連携が難しいことも伝えられ、普段は青木クリニックのお隣にある歯科医と連携して治療をしているとのことでした。 そうか、歯科治療も静岡まで通うしかないかな・・・と思っていたのですが、実は私が当時暮らしていた家から徒歩圏内に、同じくバイオレゾナンス学会に所属する歯科医があったのです! その歯科クリニックに連絡を取り、承諾を得たところで紹介状を書いてもらいました。 私が通った歯科クリニックは、東京都文京区千駄木にある「ゆりの木歯科クリニック」です。 信じて取り組むことで治癒する ちょっとびっくりな診察だったわけですが、青木先生は経験豊富な内科医です。もともとは呼吸器内科が専門。 診察の結果、原因となっているものを取り除くこと、私の身体のバランスを整えることの大切さを教えてくれました。 具体的には、重金属、電磁波、農薬などの化学物質、環境汚染物質や乳製品、卵製品などが関連しあって原因となっていること。 診察で私の身体の不調から、最初に特に取り組むべきところを伝えてくれました。 また、その時に私に必要、あるいは私のプロセスを助けてくれる、漢方薬の処方と、デトックス用の漢方茶の処方。 そして、青木先生お手製のシンボルの描かれた1.5cm四方のカードを身に付けるように渡されました。 漢方の処方は、青木先生が選んだ物を私の手のひらに乗せ、私の気の流れの変化を確認して、何を処方するか決めていました。 また、シンボルのカードは1枚1枚図形、色が違い、その組み合わせと私の気の流れの変化を確認して、お守りケースのようなナースお手製ポーチに入れて渡してくれました。 (このカード、私は15枚〜20枚くらいものすごい枚数をわたされて、それを見た友人がびっくりして笑うほど!友人のそれまでの経験では、そんな枚数は渡されなかったらしい) そして、物理的に対処するこの治療だけではなく、物の考え方や捉え方、意思や思い癖などもとても大きく影響していることを話してくれました。 「自分に正直に生きることが大切です。じっくりやっていきましょう。」と。 今振り返ればわかるのですが、診察の時に「やる気も十分にありますね」と確認していたのは、自分ごととして主体的に取り組むことができるか?が、回復や変容の鍵になるからです。 私は、間違いなくやる気はある。ただ、この時はまだ青木先生がおっしゃった「自分に正直に生きること」という意味については受け止めきれないものがあったように思います。 なぜなら、それを探している感覚があったからです。 東京での歯科治療、遠隔でも見守られる安心感 そんな衝撃的な診察と、東京で歯科治療を受けることができる奇跡。 この道は間違っていないだろうと、確信のようなものがありました。だから、よりやる気は十分。 歯科クリニックに予約し、初診を受けることに。 ゆりの木歯科の院長で、主な診察や治療をしている竹末先生もまた、これまで私が知っている歯科医とは違っていました。 今でこそ、ホリスティックな考え方や診療も増えてきましたが、口の中から始まる全身の健康を大切に、最新の治療や診療のあり方を勉強されていました。 院内に掲示されている情報も、私からすると新しいことがたくさんでした。 そんな中、アマルガムを取り外すことが推奨されているポスターもありました。恥ずかしながら、大学病院内では一度も見たことはなく、熱心に熟読してしまいました。 アマルガムに含まれる水銀の含有量の危険性、特に妊婦の場合は胎児に影響を与える可能性があり、取り外すことが勧めらていました。 知らなかった・・・。歯医者に定期的に通っていたら、私は今の症状までならずに気づいていたのだろうか?様々な思いが浮かびながら、診察、治療が始まったのでした。 アマルガムを外し、セラミックに変えていく。 その他の金属もまた、セラミックに変える方針で数ヶ月、約半年くらいの計画になりました。 毎回、歯科クリニックに通うたびに、歯のことだけではなく全身の症状や状態を確認し、歯科治療を進めていきました。 その期間、最初に聞いていた通り、好転反応によってめまいの悪化や強張りの増強が出ました。 竹末先生が症状などを聞いてくれ、好転反応が強い場合は予定を変更することもありました。また、時には竹末先生がすでに青木先生から連絡を受けていて、アドバイスを伝えてくれることもありました。(どうやら遠隔で診察していたようです。) デトックスのお茶はなかなか美味しくないお茶だけど、信じて飲む。勤務中もなんどもトイレに行く日々。そして、乳卵製品を避ける食生活を徹底しました。 処方された漢方薬、シンボルのお守りも欠かすことなく身につけていました。 そして、半年経った時、私の歯科の治療は一通り終了し、歯周病のチェックや定期メンテナンスのみでOKとなりました。 結果として、本当に驚いたことに、めまいも痺れも改善し、さらには10代の時から抱えていた重度の花粉症も改善し、人生でこんなにクリアな感覚はいつぶりだろう?というくらいになったのでした。   そう、自己免疫疾患への診断を待つのではなく、症状の原因を見つけ、取り除き、私の身体はこれまでにない健康状態を手に入れたのでした。   このプロセスと経験、正直なところ勤務していた病院ではそんなに大々的に話すことはできませんでした。 歯科金属が原因だったことがわかり、それを取り除いたという話はしたものの、その過程で何を受けていたからは話せなかったのです。   バイオレゾナンス医療とは 今回私が受けたこの医療は、バイオレゾナンス医療と呼ばれています。 バイオレゾナンス医学会が当時からあり、そこで掲げられている理念は 「西洋医学・東洋医学、歯科・医科、波動(振動)医学を統合し、治し力を追求し、治り力を高めます」 というものです。 バイオレゾナンス医療とは、私たちの存在を、物質的な人間の体と、エネルギーのボディが重なった存在として捉え、西洋医学の物質的な体としての診察、治療システムだけではなく、エネルギーのボディとしての状態も診察、治療していく統合医療です。 バイオレゾナンス医学会のメッセージと、そこに集まる医師はその医療を実践する人たち。 この医学会を立ち上げた理事長であり、医師である矢山利彦医師は、東洋医学の源流をたどる中で、「気」と出会い、気功を訓練し、気を通して人々を診察し捉えることを訓練した結果、気の流れを通して様々な診断や治療法を確立し、これまで治すことが難しかった病が治ることを発見しました。 そこで、エネルギー体としてのボディを診察し、治療介入することを広め、人間の治癒力を高める医療を提供するために、誰でも気の流れを診察できる装置「ゼロサーチ・プロ」を開発されました。 このバイオレゾナンス法で診察をすることで、全身のチャクラや経絡の状態、歯科金属、歯周病、歯根部の感染などの歯科的問題が全身の難病、難治病、ガンに密接に関与していること、また難病、難治症の原因となっている環境汚染物質の体内沈着、ウィルス・細菌・寄生虫の日和見感染、電磁波の生体への影響、そして免疫機能の発現状態を推定することができるようになったそうです。 そのため、医師・歯科医との連携をはかり、統合医療の発展に努めていらっしゃいます。…

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目に見える世界だけではない真実に気づいた波動医療との出会い①自己免疫疾患かもしれない看護師5年目の体調不良

ライフコーチの河合ゆうきです。 2019年から、私は地に足のついたスピリチュアリティ、これからの時代で必ずより人々の生活の一部になる波動やヒーリングについての学びを深めています。 波動やエネルギーの世界に触れることは、科学の世界と同様に日常的には目には見えなくても存在しているものに気づき、私たちがいかに目に見えないところでの影響をし合っているかがわかります。 オーストラリアで暮らすようになって5年、やっと心から望んでいる世界、求めていた世界を存分に探求し始めたように感じています。 なぜなら、本当は20代半ばの時に私はすでにこういった目には見えないけれど存在し、私たちに深く関わり影響し合っているエネルギー、波動の世界に出会っていたからです。 そして、その出会いは、当時の私からすると本当に衝撃的なものでした。   看護師5年目キャリアを考える中での体調不良 20代の私は東京都内の大学病院で看護師をしていました。当時、すでにリーダー業務も取りながら、新人教育や学生指導もさせてもらえるくらいになっていた私。5年目以降のキャリアを考えているような時期でした。 そんな中、私としては珍しく体調があまり良くない感じが続いていました。子供時から、年に1度風邪を引く程度の健康体で、予防接種しなくてもインフルエンザさえかかることのなかった私。 看護師になってから、確かに患者さんや流行りの風邪をもらうことはありましたが、それでもかなり珍しい方でした。 そんな私が、なんだか全身のだるさを感じ、左手のしびれを感じていました。 休日は休むように心がけたり、食事ももう少しバランスなどを考えてみようかと意識したりしつつも、体調は改善することなく、左手から始まったしびれは、左半身全体に広がっていきました。 そして、めまいを感じるようになり、仕事もだんだんと辛い。 夜勤をしているとわかるのですが、明け方になるとめまいはひどくなり、両手の関節の強張りまで出てくるようになりました。 流石にこれは何かがおかしい。 そう思い、勤務している病院での診察と検査を受けることにしました。 しかも、当時私が勤めていた病棟の診療科の中には、総合診療科と膠原病内科があり、検査入院してくる患者さんの多くが、最初は原因不明の体調不良であることも多く、検査の結果、血液内科の疾患や膠原病内科の疾患など、確定診断がついていくという流れを知っていました。 私の場合もまた総合診療科の管轄かなとも思える。ただ、手の強張りや、私が自覚している症状は、自己免疫疾患と呼ばれる、自分の免疫が自分を攻撃してしまう病態を想起させるものだったので、膠原病内科もまた管轄のように思えました。 ひとまず、病棟で共に働く医師にまずは相談、満場一致で膠原病内科で診察と検査を受けようとなりました。 自己免疫疾患だったらどうしよう・・・ この時点で私の中では、「自己免疫疾患だったらどうしよう・・・」という不安が生まれます。 大学時代から内科の慢性看護を得意としてきた私は、悪性リウマチや全身性エリテマトーデス(SLE)、多発性筋痛症、シェーグレン症候群などといった、自分の免疫システムが自分を攻撃してしまう病態の患者さんをたくさん見てきました。 自己免疫疾患には西洋医学のみの観点でいえば、根治の治療法がありません。症状を落ち着かせる状態を目指すことがスタンダートです。なぜなら、自分の免疫システムを全て抑えてしまうことは、この世界を生きる上で不可能だからです。 免疫という私たちの身体の防御機能を無くすことはできないため、適正に働く状態を目指すのです。 そのため、自分の免疫システムが自分自身を攻撃してしまう症状が出たら、副腎皮質ステロイドという、人間が本来自分で分泌しているホルモンを外部から投与することで、その免疫全体を抑えるステロイド大量投与がスタンダードな対症療法とされていました。 現在では研究が進み、症状を引き起こしている免疫の詳細がわかり始めています。その結果、細かな診断や症状に合わせて使われる薬剤の種類も増え、特定した免疫部分を抑えることができるようになっています。 それでも、私が働いていた当時はまだまだステロイド大量投与や生物学的製剤(生物が産生するたんぱく質などを医薬品として使用している製剤)の使用がほとんどでした。 また、症状が悪くなる背景には、日々の生活の中でのストレスや、疲労、食生活などライフスタイルも深く影響しており、自己免疫疾患を発症した場合は、その後の人生のライフスタイルや生き方を改めて構築していく必要があるのです。 看護師の私がもし、自己免疫疾患の診断がついたら、どうやって働いていくことができるだろうか? 知識はあるし、セルフケアもできるだろうけれど、どんな人生を生きられるだろうか?と漠然とした不安と、恐怖が広がっていました。   それまでの看護師経験の中で、コントロール良好な患者さんも、そうではない患者さんも見てきました。 中には10代で診断を受け、ステロイド大量投与を受ける人もたくさんいましたし、30代の子育て真っ盛りの中の発症や、かなりの状態悪化、時にはお看取りをすることもありました。 そんな経験があるからこそ、私は、自分が置かれている状況が、恐怖と不安でいっぱいになったのでした。 確定診断はつかない、原因もわからない 病棟では明るくいつも通りの看護師として振る舞う。 めまいには、めまい止めを処方してもらい、それを内服して仕事をする。 それでも、夜勤は厳しく、朝の採血が手の強張りによってままならない日もありました。 一緒の勤務のスタッフに採血をお願いし、私ができる業務を全て引き受けて夜勤をする。 一番ひどい時は、まっすぐ歩けずカートごと壁に激突し、後輩ナースに全力で心配されたこともありました。 そんな風に働きながら、病棟では笑い話のように「誰を担当医にする?」と膠原病内科のドクターが聞いてくる。 性格や気質から予想される診断名クイズなんかもしてしまう。あぁ、現実よ。 冗談を交えながらも、私が信頼している医師ははっきりしていたので、確定診断がつくなら選びたいドクターがいました。でも、急ぎ診察と検査のオーダーを出して欲しかったため、その日外来を担当している医師に頼みました。 一通りベーシックな検査を受け、外部で解析する細かな検査の採血などの結果を待つことに。 現実を生きているはずなのに、現実味がないとはこういうことをいうのかもしれないなぁと、どこに足をつけたらいいのかわからない状態で検査の結果を待っていました。 検査結果 明らかに確定診断をつけられる検査項目、数値はなし。 ただし、やはり自己免疫疾患の診断基準となる、抗体の数値は正常値よりは高い状態になっている。 つまり、その数値が確定診断基準に及べば、私は自己免疫疾患の何らかの診断がついてくる。 だけど今はそうではないため、何も言えず、症状への対症療法で様子見。 嬉しいような、嬉しくないような・・・。どうしたらいいんだろう?という気持ち。 ふと浮かんだのは、総合診療科の患者さん。 原因不明の体調不良で検査入院をして精密検査を受けるも、診断はつかず退院。でもまた症状が悪くなると同様に入院して検査。それを繰り返し数年後、血液内科または自己免疫疾患の診断となる。 このパターンなのだろうか・・・ とりあえず働いていかなければならないし、生きていかなきゃならない。 親にも言えず、どうしたらいいか途方に暮れていた私。   そして、病気の原因がわからないって何もすることができないのだなと気づくのです。治療や対症療法という選択以外、当時の私には何もなす術がない。 何かがおかしい。 どうしたらいい? 確実に広がるしびれと目眩、もしかして神経系かもしれないとしたら、脳神経内科も診察を受けようかな・・・。悪あがきのような案が次々と浮かぶ日々。   そんな時、当時仲良くなったばかりの友人に、私のそんな状態を話していると、ある提案を受けることになったのです。      

あなたへのメッセージ

全ての感情、感覚、色とりどりの自分を解放する。

オーストラリアブリスベンから ライフコーチの河合ゆうきです!   12月に入って、やりたいことや準備は連なっているはずなのに、まだエネルギー的に適応できずにフワフワしています。 でも、今回私が私らしく生きる道を力強くサポートしてくれる新たなガイドを手に入れた私。 オーラソーマのボトルです。   今回、コンサルテーションを受けて、選んだボトルと、今私が必要だなと感じたボトルを連れて帰ってきました。   とっても綺麗なこのボトルには、色、クリスタル、植物の波動、エネルギーが詰まっています。   連れて帰ってきた1本目のミッドトーンコーラルとディープマジェンタのボトル。このオーラソーマのイクイリブリアムの番号は114番。 この数字を見た時、ハッとしたのは、今回の日本からシドニーへの飛行機の搭乗ゲートが114番だったこと。 私の新たなステージの出発は、114番からで間違いないと確信したのでした。 さて、2019年、私は本当に子供の時のように、色やクリスタル、香りなど、とにかく感性が喜ぶ、私が好きなものやことに囲まれる生活をスタートしました。 1年でびっくりするくらい、私のデスク周りは色、クリスタルに溢れかえっていますし、仕事の大好きなチームメンバーの一人はアロマオイルに詳しくて大好きなので、アロマの香りと波動にもたくさんサポートをしてもらっています。   日本にいた時の私の生活からすると、ちょっと異常と思われるかもしれないくらい・・・でも、好きで、嬉しくて喜びを選んできた結果です。   その結果、仕事も、生活も、お金も、人間関係も、驚くほどに軽やかに変化して明るく楽しい波動に包まれるようになりました。   そんな私、今こうやって喜びや幸せに囲まれて生活しているわけですが、2019年に一体何をしていたかを深く振り返ると、人生で1番の痛みのような様々な感情を味わい直す時間を過ごしていました。   子供の時に封印した、悲しみ、我慢、孤独・・・ 家族だからこそ傷ついたこと、わからなくなったこと、見失ってしまった愛など、これまで見ようとしていても、無意識で避けてしまった部分に深く踏み込んだ1年でした。 だからこそ、クリスタル、色、数字、香りという見えないけれどパワフルでエネルギッシュなガイドやサポート、そして繋がる安心安全な仲間が必要だったのです。   自分の本来の感覚を取り戻すステップには、苦手な感情にもアタッチしていくことが必要です。   私は怒り、悲しみという感情が苦手で、オーストラリアにくるまでひたすらそれらを避けるような選択や、湧き上がっても抑えたり誤魔化す生き方をしていました。   だから、苦しかったし、違和感だったのですが、長年そうやって生きてきた結果、それがおかしいということに気づかなかったのです。   そこから、オーストラリアにきて、私の場合はパートナーとのご縁によって、怒りや悲しみを解放していくプロセスが始まりました。 言うなれば、彼は私の人生劇場にとって、オスカー俳優。 最優秀助演男優賞に値する人。   私が解放せずに、避けようとするほどに、彼がその蓋を開けるような役割を演じていました。 でもそれに気づかず、苦しくて、「なんでこうなるのよ!」と鬱々としていた私・・・。ごめんって感じですが。。。 すると、今度は私の家族たちもまた、私の感情の蓋を開くような役割を演じてくる。 もう、ひどい、苦しい、なんで!?のオンパレード! ええ、そんな2016年から2017年あたりは、私にとってはカオスのような時期でした。   それでも、繋がる仲間、私が望んでいる道だけは裏切らず、そこにじっと立ち竦みながら、機を待っていたように思います。 私の願いは、自分も周囲も後悔せずに幸せに生きること。 ただただ、この一言に尽きるものだったからです。   そこから、どうやら感情の解放が大切だということに気づき出し、怒り、悲しみという感情を解放する時間を過ごしていました。 それに気づくと、周囲がいかに私の人生のために様々な役割を演じてくれていたかがわかるようになりました。 向き合うべきは私の内側なのだ・・・。 そう確信してからは、それをガイドしてくれるプログラムやイベント、セミナーや場に参加し、ひとつひとつ薄皮をめくるように、私の感情を解放していきました。   今思えば、それは解放というよりもレスキューミッション。 過去に抑えてしまった怒り、悲しみ、孤独、混乱・・・それらを今の自分で抱きしめにいくような、内なるジャーニーでした。   そうやって、ダークな世界、ヒロインの旅で言えば、冥界の底へと下降して上昇していくプロセスを踏んでいきました。   闇を知るからこそ、かすかな光が以前よりも暖かくわかるように、感情も苦手な感情に接地するからこそ、その対極にある感情もより深くわかるようになります。   痛みや苦しみ、悲しみに接地したからこそ、喜びや幸せ、豊かさもよりわかるようになる。   これが、感覚のリハビリ、感情の解放なのだと、今私は確信しています。   今年、このプロセスを総まとめするような時間、チャンスがありました。 そして、このプロセスを詰め込んでいるのが、オンラインで開催している「本来の自分につながる!本音と感情に気づく3ヶ月集中オンラインコース」です。 世界中のどこにいても、あなたが今どんなライフステージにいたとしても、自分の隙間時間やタイミングで動画視聴、実践ワーク、個人セッションを組み合わせていけるプログラムです。 私にとってカオスでダークだった2017年、オーストラリアにいることで孤独を感じたり、なかなか自由に動けないことで手に入れらないと感じていた変化もありました。 そんな当時の私にも届けたい、そんな想いを込めて、このコースを運営しています。   まずは、感覚を取り戻し、苦手な感情にも光を当てていく。 その過程では、過去に置いてけぼりにしてしまった感情、自分という存在のレスキューワークも行います。 そうやって、ひとつひとつ取り組むことで、自分の喜びや心地よさがわかるようになります。 そして、本来の自分の願いや望みに気づき、それを叶えていくプロセスへと移ることができるのです。  

イベント

本来の自分で生きていると未来予知のようなシンクロが起きる!?

ライフコーチの河合ゆうきです! 17日の夕方、無事に成田空港へ着き、2019年ラストの日本帰国がスタートしました。 オーストラリアは記録を更新するほどの干ばつと、ブッシュファイヤーも各地で発生している状態で、空気はいつも煙の世界でした。 まだ真夏ではないのに、連日40度の気温でした。 だから、日本へのフライトで霞んだ空を上昇し、かなり視界は悪い感じのフライトの始まりでした。 いつもはクリアな景色、海岸線を眺めながらのフライトがちょっと悲しい気持ちになりました。空から、雨が降ることを祈った今回の旅の始まりでした。   いつもフライト時間は慣れつつも長さを感じるのですが、今回は読みたい本がずらりとKindleに連なっていたため、ひたすら読書していたらあっという間でした。 そして、成り立ちにかづき、日本の房総半島の海岸線が見えたとき、ちょうど日の入りの時間で、とても幻想的でインスピレーションを受け取る景色が広がっていました。 飛行機からの写真はこちら   あまり画質はよくないですが、雲海に沈んでいく太陽と刻々とグラデーションに変化する色味が本当に綺麗でした。 この写真の少し前はもっとオレンジで、じつは富士山のシルエットがはっきりと見える瞬間がありました。 その瞬間、まだ日本の一時帰国は始まったばかりなのですが、すでにハイライトみたいな気持ちに。 なぜなら、その風景はまさにこのヘッダーのような風景だったから。   ヘッダーを作成するとき、私はいつもそのイベントをイメージして直感で写真を選定します。パーっと見ていくと、ピカッとひかる1枚がわかる感じです。 だから、作成したとき、フライトの時間がどうだとか、この風景に関してゃ全く予想していませんでした。   本来の自分で生きること、本来のうちなる自分の声に常に耳を傾けながら、思考をクリアにしていると、未来を予知するかのようなインスピレーションって本当によく訪れるようになります。   意識した思考で一生懸命に考えることができる範囲とは、本当に小さな世界。 その制限を外すには、はやり思考をクリアに本来の自分の感覚をキャッチしていくこと。 創造的に生きる、クリエイティビティを発揮する、そのために必要なことはまさにこれだと思います。   そして、その感覚を信じて進んでいくと、まるで未来を予知していたかのような展開になっていくから面白い。 本来の自分の感覚が望んでいるのは、満たされる幸せ、豊かさ、喜び。 飛び跳ねたくなるような喜び、幸せがこの帰国にも散りばめられていることがわかった瞬間のようで、本当に嬉しくなり、感動したフライトでした。   成田について、40度のオーストラリアからビビっていた気温差も、予想よりも暖くてほっとしています。 むしろ前回の4月の帰国の方が吹雪とかあって寒かったわと思うほど。 防寒対策は長野仕様なので、東京での生活はちょっと不安になった昨日でした。笑   さて、帰国期間中、日本で直接みなさんとお会いするイベントはこちらです。 お茶会は残り2名となっています。 個人セッションも描く時間お一人ずつとなっていますので、気になったらお早目にお申し込みくださいね。    

あなたらしく生きる

深い心の底にある孤独と絶望が怖いんだと気づいたら。

ライフコーチの河合ゆうきです!   私が、本当に心から真の自分との繋がりを取り戻したと感じた瞬間は32歳。 この瞬間が始まりともいえて、そこから本来の私との繋がり、信頼を取り戻しながら、その状態が当たり前となるように意識をして生きています。 それまで、長い間、外側の世界、この社会に適応するために一生懸命生きてきた私がいます。 そうやってアイデンティティを作り上げてきた。 私、河合ゆうきという存在はこういう人物であると、思考や外側の世界からの見られ方で作っていたのです。 そしてそれは、本当によくできていて、習慣として私の無意識でその自分で生きようとしています。 だから、本来の繋がりを取り戻すプロセスの中では、そんな習慣化された部分に流されないように生きることが必要です。 本来の私の感覚、本来の私が望んでいる毎日を生きること。 その助けとなっているのは、オーストラリアシドニーの、クリスタルとオーラソーマと占星術のお店ガイアハウスのマキさんの『月の感情デトックス』、月のリズム、天体の波動、エネルギーと共に生きる方法です。 このプログラムの中で取り組む、アストロドリームマップ。 毎月このマップを見直したり、アップデートしていくことが私の新しい習慣になっています。 もう半年以上続けていることになりますが、この月のリズムに沿って自分へ意識を向けることが、本当に私にとって大きな助け、ガイドになっています。 月のリズムで今の私に必要な気づきを自ら受け取っていくことができ、傷ついているインナーチャイルドや、更に深い部分にもつながっていくことができるようになっています。   今月も、月が魚座に移動し、夢を叶えるために手放すことをリストにしていた今朝、今月(月のリズムによる28日という周期)の振り返りをしていて、散りばめられていた気づきや感覚がつながっていきました。   そこで気づいたこと。 まだ言葉としてまとまらない部分もありつつも、私らしく生きる上で、ありのままに表現することが鍵であることも再確認したので、書いてみようと思います。   私にとって、人生でずっとついてまわる課題は「家族」だと感じてきました。 家族というのか、血縁というのか、そういった繋がりに対して課題を感じてきました。 家族という表現を使っていますが、その背景と心の深いとろころにあるのは、「痛み」でした。   人にはそれぞれに願いがあります。 私は家族それぞれが幸せであってほしいという願いの元、子供の時に家族のために頑張る生き方を選択してきました。 家族それぞれの幸せを実現する方法がそれ以外にわからなかった時代です。 そうやって、家族をつなぎとめること、私が頑張ればなんとかなるという呪文を自分にかけて、世話焼き長女としてせっせと動き回ってきました。 だけど、それで果たしてみんなが幸せか?という部分は、「?」がつく現実が目の前にはありました。 私が頑張っても頑張っても変わらない現実。 家族の中にある亀裂のようなもの。 心から繋がりを感じたいのに、どこか偽物の感覚・・・ 家族の太陽でありたいと思いながらも、それはどんどん苦しくなっていきました。 良くなってほしいから、変わってほしいから、頑張る。 そうすることが家族の一員としての自分の存在意義になってしまっていたのです。 そんな風に頑張るほどに、分かり合えない何かが現実には溢れていました。   そこでやっと私は、これまでの方法が間違っているのかもしれないと気づくのです。 誰かのために頑張る生き方、変わってほしいから、良くなってほしいからという生き方。 家族以外のところで考えれば、その方法は全く幸せから遠のいていくことがわかるのに、私自身と家族のことになると、インプットされた行動パターンがしっかりと出てしまう。 それに気づいた時、やっと私は真に自分の深い内側に目を向け始めたのでした。   そこから、私の深い部分にあった満たされずにいた様々な空洞や、分裂して散らばっていた様々な本音の私を見つけていきました。 沢山の我慢、沢山の悲しみ、沢山の一人で何とかする、頑張ると決めてきたこと・・・それらに気づくたびに、それを手放し、本来の自分が望むこと、感じる感情を感じるようになりました。   その結果、だいぶ変化してきたことを感じているのは、家族のことになっても、一段上の高いところから、眺めることができる自分が育っているからです。   それでも、手放す勇気がなかった部分があり、100%自分の幸せや喜びにコミットしているか?と問われると、引っかかっている何かがあるのをここ数ヶ月感じていました。   それが今回気づいた「痛み」であり、その正体は 孤独 でした。   家族というこの世界の中で一番最初に手に入れたはずの最小単位の居場所。 家族のために頑張る生き方は、私にとってはこの孤独をごまかし、目を背ける意図もあった。 これが居場所のはず。という思いが強かったのですね。   そこから、今年に入って本当に心から自分らしくいられる居場所、ご縁、繋がりに気づいたり、新たに手に入れることができたことで、家族に対しての居場所としての執着というか、こだわりが緩んできたのだと感じます。 そして、手放すことは諦めることではないこともわかったことが、今回の気づきを後押ししてくれる学びだったと感じます。   手放すこと それは、私が描く未来、夢、理想の状態を叶える力を心から信じることでできることでもある。 その理想の未来を手に入れるためにある、自然な流れは、私がいつまでも執着したり、こだわる必要もない、もっと他の流れが用意されているのだと信頼すること。   そんな風に、心から今感じられる自分がいます。 (今、そう感じられるのは、宇宙からの信頼してーという沢山の数字のメッセージが日常に溢れていたこともあります。数秘術を知ったことで、こんな風に私は不安や課題に気づく力を手に入れました。)   諦めるのではなく、このパーフェクトな世界の流れ、宇宙の流れを信頼し、自分のこの人生の使命や目的を生きること。 最近、この孤独に気づいた時から、それを超えていく怖さがずっと私の中にありました。   その結果、パートナーシップの中で出るわ出るわ!笑 イライラしているようで、怖いのを隠している私。 これは私のパターンなのですが、気づかないふりして過ごそうとする(長年の癖のパターン)と、パートナーを通して気づけーっていう現実が用意される。 わかっているんだけど、怖いんだーということで、現実ではバトルにもなるのですが、私が腹をくくって覚悟を決めて一歩を踏み出すと、その現実もどんどん和らぐのですよね。   私たちが生きているそれぞれの現実は、本当に内側にある世界の投影なのだと心底実感しています。   孤独 それは、この世界から切り離され、どこにも繋がりがないような虚無感、絶望感のようなエネルギーかもしれません。 だけど、今自分が手に入れているもの、これまで手に入れ手放すプロセスの繰り返しの中で変化してきたこと、それらに目を向け、心からその事実、真実を受け取ることができると、孤独を超える勇気が出てくるのだと、今感じています。   家族 それは時に、深く傷つき、理想のような家族ではないかもしれない。それによって深い悲しみや苦しさを生きることもあります。 だけど、自分の内側にある本当の願い、それを否定する必要は一切ないと私は信じています。今それが叶わないのは、実現のために今選んでいる方法がちょっと違うのです。 実現される方法は、きっとまだ自分の想像が及ばないところにあります。 だから、まずは自分の内側へ意識を向けて、自分の本音や感情に気づいていくこと。そして、その一つ一つに寄り添い、小さなステップを叶えていくことで、現実はびっくりするようなお膳立てで変化していく。 そう信じることができたから、今こうして表現しています。        

河合ゆうきのこと

私×色×クリスタル×波動=喜びと幸せを存分に生きる人生

ブリスベンのライフコーチ 河合ゆうきです♪   今年に入ってから、見えない世界、色やクリスタル、チャクラといった波動やエネルギーの学びを深めています。   26歳で、大学病院では原因不明と言われた私の体調不良の原因を見つけ、本来の私のバランスの取れた状態に戻す道を教えてくれたのが、西洋医学ではなく、波動医学のバイオレゾナンスだったこと。   どんなに検査してもわからなかった原因を、私の波動(気の流れ含めて)を見て(調べて、または感じて)さっと見つけて治療というよりも本来のバランスを取り戻すためのデットクス、調整に導いてくれました。   あの時、このまま進めば自己免疫疾患は確実と言われていた私にとっては、藁をもすがる思いでした。 だから、バイオレゾナンスの医師が伝えてくれることを素直に実践。 信じる信じないはまだ半信半疑だったかもしれないけれど、それでも、これでダメならステロイドを使う未来を受け入れる他ないのだとしたら、今目の前にあるこの新しい道を信じようと思いました。   そして、原因がわかり、デトックスをし、体調不良以前よりも健康と感じられる状態になったのでした。   あの時の経験から、私は見えないエネルギー、気や波動を信じる人生を生き始めました。   と同時に、自分に正直に人生を生きる。というプロセスも始まったのでした。   あれから、その時々で自分の気持ち、本音に正直に選択をし、オーストラリアのワーホリや現在のパートナーとの暮らし、起業を選択してきました。 それでも、まだ見えない何かが足元に、重りとして存在していることを感じていて、もうひと超えの何か、重りを外して私らしさをより全開に生きるためのプロセスを探していました。 そして、2018年末にピタッとハマったのが、この見えない世界の学びだったのです。 学校では教えてくれないけれど、人生の本質や幸せに生きるというテーマに深く影響している部分の学びです。 数字、色、クリスタル、チャクラ・・・ どうして忘れていたんだろう?と思ったけれど、子供の時の家族旅行で、我が家は毎年ディズニーリゾートにいくのが定番で、それが大好きだったのですが、 ディズニーと同じくらい大好きだったのが、イクスピアリ(東京ディズニーランドのお隣にあるショッピングモールっていうか、キラキラした街)内にあるクリスタルのお店でした。 あのキラキラした世界でお父さんと石を選んで、貯めたお小遣いでクリスタルのタンブルストーンを買うことが何よりも楽しみだったのです。 ラピスラズリは1番のお気に入りで、その他にも毎年少しずつ集めるクリスタルが楽しみでした。 ベルベットの袋にしまって、自分の机の引き出しのお気に入りだけを入れるコーナーに、大好きな文房具とともに入れて、いつも眺めていました。   そんな風に私はクリスタルが大好きで、大人になり社会人になってからも、実はクリスタルブレスレットをカスタマイズしてもらって身につけていたのでした。 ラピスラズリ、シトリン、クラッククウォーツ、クリアクウォーツのブレスレット。お気に入りでお守りで、オーストラリアにもずっと一緒にいました。 そんな中、今の生活を選ぶころ、突然割れてしまったのでした。 土に返してから、しばらくクリスタルとのご縁はなく、その後人生の深い闇とも言える、人生を生きる意味や自分の価値に向き合う冥界下りが始まったのでした。   そんな人生の底のような時、闇を蹴って上昇するきっかけもまた、クリスタルとともにやってきたのです。   まず1つに、それまで何度も耳にしていたのに、セッションを受けたことがなかった、シドニーの占星術とオーラソーマ、クリスタルのお店ガイアハウスの新開マキさんのセッションを受けたこと。 自分の内側から、今受けなければならないと直感を感じました。 その結果、人生の答え合わせのような時間のセッションを受け、私の使命がクリアになった瞬間でした。 そこから、3ヶ月の月の感情デトックスに取り組み、足元にあった重りを外していきました。 この感情デトックスを進める上で、感情に気づく、思い出すプロセスと、癒しを生み出す後押しをしてくれていたのが、「それぞれのヒロインの旅を語る会」でした。 ヒロインの旅を語る中で、自分の内側の様々な統合が進み、アントレプレナーとしての情熱、そして軸にしっかりとつながることができたのです。 私の内なる男性性と女性性のバランスがとれ、人生が一段統合された瞬間でした。重りを外す作業もしていたからこそ、この統合から、潜在意識と顕在意識の統合も進んでいきました。 その背景には、癒しのエネルギーを与えてくれるクリスタル(クリソプレーズ)や、私にとってのベストバランスをいつもそっと思い出させてくれる、ムーンストーンとサンストーンのブレスレットの力があります。 2019年は統合だと直感で感じた4月、ムーンストーンとサンストーンのブレスレットに出会い、キラキラと輝くそのブレスレットをオーダーしました。 あれから毎日このクリスタルとともに日々を生きていますが、大切なバランスをとって生きることを助けてくれているのを感じています。自分のメンテナンス、使命を生きるための学びとプロセスは、時に楽ではなく、苦しい時もあります。 だけど、色、クリスタル、数字がいつだって、私のそのプロセスを支え、助けてくれる。自分がしっかりと軸に繋がって、本来の自分の人生を生きると決めたなら、そのプロセスをいつも助けてくれる存在なのです。     26歳であんなに感銘を受けながらも、まっすぐにその学びに進んでいなかったのは、これまでのうまくいかないように見えた経験も必要だったから。その上で波動の力をより深く体感し、信じるプロセスが私には必要だったのだと感じています。   起業を決めて、ビジネスをしていく上での学びもたくさんしてきました。それは現在も進行中ですし、より私らしく喜びや幸せを生きるために必要な学びは続いていきます。 ただ、以前の私は役にたつかどうか?という視点や、学ばなければならないという視点で学んでいたなぁと思うのです。 2019年になって、 自分が純粋に好きだったことを思い出す。 そして、興味探求の赴くままに学ぶ喜びを、今改めて感じています。 そうすると、結局のところビジネスに関する学びも、それに限らない学びも、興味探求や人生の喜びや幸せ拡大するために繋がっていくんです。   学びたい。 そう純粋に感じられるから、学ぶ。 そうやって学んだことは、点と点がどんどん繋がり、奥行きも出て、立体的に現実にどんどんなっていく。   見えないけれど大切なこと。 学校では教えてくれない学びには、人生の本質、幸せに生きるためのエッセンスがたっぷり含まれている。 それを知って、日常生活の中に取り入れていくことで、毎日は本当に軽やかに豊かに、面白くなります。 ぜひ、皆さんも何をどのように学んでいるか?を一度振り返り、 本当に心から学びたいこと、知りたいことは何か? 自分に聞いてみてください。 一つ見えてくると、その先にどんどんワクワクが広がっています。 誰が何をいっても関係ない、あなたがワクワクする学び、体験を選んでくださいね!