目に見える世界だけではない真実に気づいた波動医療との出会い⑤私は何者なのか?アイデンティティの崩壊

ライフコーチ河合ゆうきです!

これまで詳細には綴ってこなかった、私の本当の人生のシフトの始まり。

見えない世界、波動の世界との出会いから始まった、私が本来の自分の本質、自分らしさや望んでいること、才能や使命を生きる人生へと生き方へのプロセスを綴っています。

このストーリーを書き始めてから、たくさんのリアクションをいただいています。オーストラリアに限らず、海外にでたことで同じような体験をしている方も多く、自分を知っていくプロセスの面白さを共感しあっています。

原因不明の体調不良が、波動医療との出会いによって改善。

そこで医師から伝えてもらった「自分に正直に生きることが大切」という言葉。

その言葉に向き合い始めた結果、私は海外で暮らしてみたいという長年持っていた想いを叶えることにしました。

まるで五感のリハビリ、私の感覚が息を吹き返し始めるオーストラリアでのワーホリ。そこでのご縁から「私はどうしたいのか?」「私は幸せか?」を常に問いかけながら生活しました。

そして、ワーホリの終わりを意識し出した時に出会ったパートナーと、その後もオーストラリアで暮らすという選択をしてからのお話。

本日はストーリー⑤です。

<目に見える世界だけではない真実に気づいた波動医療との出会い>

ストーリー①自己免疫疾患かもしれない看護師5年目の体調不良

ストーリー②問診も採血もせず、原因を捉える医師との出会い

ストーリー③なぜ、治る人と治らない人がいるのか?

ストーリー④自分に正直に生きるはじめの一歩

ストーリー⑤私は何者なのか?アイデンティティの崩壊

オーストラリアで暮らすなら

ワーホリを終えたらどうしよう?

そんなことを考えていた時、私は現在のパートナーと出会いました。

彼は日本にも行ったことがなければ、オーストラリアを出たこともない人。

そんな彼がなぜ、私に惹かれているのか?

全くもって謎だけど、彼の本能というか目には見えない何かが私たちを出会わせていたのだと、今ならわかります。

何れにせよ、彼とオーストラリアで暮らしていく。という選択は、これまでにない未知の世界であると同時に、私にとってはハッピーやワクワク(というよりもドキドキしていた方が近いかもしれない)な選択であることは確かでした。

 

ワーホリビザの期間中に、私はゴールドコーストにあるフューチャーセラピーアカデミーでアロマオイル、スウェディッシュマッサージ、リメディアルマッサージを学びました。

その学びを活かし、セラピストとして働きながら、オーストラリアで暮らすということを真剣に考え出す。

当時、彼は私はただいるだけで十分で、何をしていても、何をしていたかも関係のないことを仕切りに伝えてくれていました。

でも、当時の私はその真意がわかっていませんでした。

これこそが、私がここから深く向き合う課題であり、テーマだったわけですが、ただ私は何をしていくか?ばかり考えていました。

なぜなら、私にとって 暮らしていく=自立 という方程式が目の前にあって、オーストラリアでも日本のように自立していくらしていかなければ!というスイッチが入っていたからです。

さらに後から気づいたことは、

自立=なんでも一人でできる、なんとかできること

という方程式まで抱え込んでいた私・・・

彼とオーストラリアで暮らすということは、オーストラリアでもとにかく自立して生きていく術を身につけ、一人でもやっていけるようにならなければ!と焦り出したのです。

 

私の価値とは?無能で価値なしと言われているような日々

 

ワーホリ終わりから、ビザ切り替えの当時、セラピストとして働いて職場は私にとってしっくりこない状態でした。

それは、信頼や目の前のクライアントを大切に仕事をすること、ホスピタリティなどを大切にしたい私と、オーナーやマネージャーとの価値観の違い。

売り上げ主義とはいえ、売り上げを得るために大切にすべきところや、時間やお金をかけるべきところが違っていると感じるようなビジネスの仕方と、陰口や揚げ足取りに忙しいスタッフの存在に心底疲れてしまいました。

仕事って楽しいと思っていたし、改善の余地があったとしても、人間関係が前向きな現場でしか働いたことのなかった私にとって、それは初めての経験でした。

そんな仕事がいかに苦痛かを知った大切な経験でもあります。

そして、たとえセラピストじゃなくても、もっと気持ちよく働ける仕事をしようと、仕事を退職したのでした。

気持ちを切り替え、レジュメを改めて作成し、ジョブハントに出る。

ところが、ここから思うようにならない日々が始まるのです。

 

仕事がなかなか決まらない。

 

レジュメを配り歩き、アジア系のレストランやジャパレスと呼ばれるところにも配るものの、見事に仕事が手に入らない日々になります。

電話連絡が来た時も、ビザについて聞かれて面接にはならない・・・

甘くみていたオーストラリア生活。

 

仕事が見つからないなんて、人生でなかったし、私なら海外でもいけるだろうと過信していた・・・。

仕事が見つからない日々は私に、無能で自立できない人間という言葉を突きつけているように感じられました。

そして、うっすらと気づき始める。

 

私の価値ってなんなのだろう?

 

これまで私は、看護師で自立していて、どこにいても暮らしていく力があるということで自分の価値を感じていた。

家で家事をするだけではダメだと思う自分。

こんなの私じゃないと感じる自分。

 

オーストラリアという私の歴史の一切ない新たな土地は、開放感と自由を与えてくれ、私本来の感覚や感情を取り戻し、それまで身につけてきた様々な固定観念や鎧に気づかせてくれました。

と同時に、それらの鎧を脱いでいった先で見つけたのは、まっさらで何もないような私自身。

私は何者なのか?というアイデンティティさえまっさらになっていた状態でした。

ここから私は改めて、私の価値、アイデンティティと向き合うことになるのでした。

私にしかできないことを求めて

ワーホリを決断した時、私の中にあったもう一つの「私にしかできないことをしたい」という想い。

それまで、どんな仕事をしても、その仕事の中で「私だからできること」「私にしかできないこと」を意識し、精一杯仕事をしてきました。

その結果、喜ばれる結果や、社員のオファーや継続のお願いなどを受けることは当たり前だった私。

でも、与えられた仕事に120%で応える働き方ではない、私にしかできないことをやってみたい。

そんな風に思っていました。

オーストラリアではなかなか仕事が見つからず、インターネットを使ってフリーランスとしての仕事をするものの、その収入はお小遣い程度。

満たされないし、理想と全く異なる現実。

この時の日々の現実は「しっかりと向き合いなさい」と私に突きつけてくることばかり起きていました。

優しかったパートナーの現実や仕事がうまくいかなくなったり、喧嘩や言い争いが増えてしまう日々・・・

仕事やお金を稼いでいない自分を惨めに感じるような出来事・・・

実家の家族にも様々なことが起こる・・・

 

これらは私の内面世界がどっぷりと反映された現実でした。

でも、当時の私は、どうしたらいいのだろう?

という焦りばかり。

 

私の価値ってなんなのだろう?

私は何がしたいのだろう?

 

 

時は2015年。日本ではSNS起業が流行りだした時でもあります。

SNSを見渡せば、起業に関する様々な情報や、それによって理想の生活を手に入れたと表現する人々にあふれていました。

リア充によって集客しているスタイルは、キラキラ起業とも揶揄された時代です。

それらを眺めながら、その中で私が惹かれるのは、地に足のついた真面目な起業をしている人たち。

泥臭さ、華々しさが全てではないことを見せてくれる人たちの方が、私は信頼することができると思いました。

ワタナベ薫さんなど、生き方や人生のストーリーが響く人に惹かれ、あり方や生き方で人々に何かを伝えられる人でありたいのだと気づいた私。

そうして、私は起業という選択肢を自分に許可し、学ぶこと、メンターを見つけたのでした。

 

起業のプロセスで自らの人生も思いもすべて棚卸す

私が見つけたメンターは

ひとりひとりが持つ内なる“gift”を最高に輝かせ、
人と世界を照らす“愛”あるオンリーワン事業、商品開発をガイドしている

ダイアモンドプロダクツ開発プランナーのおのともこさん。

ともこさんを見つけて会いに行ったストーリーとそこから今につながるストーリーもまた面白く、見えない世界との繋がりを感じるものがあるのですが、それはまた別の機会に。

 

ともこさんに師事し、私は私が持っている価値に気づくプロセス、そしてその価値と私らしさを磨き続けることから事業を生み出すプロセスを歩み始めました。

 

その中で、私の人生の棚卸を何度もし、内省をしながら価値観をあぶり出し、

私は何者なのか?

私の強み、才能は何か?

私はどんな貢献をして、どんな社会を作りたいのか?

に向き合い一歩ずつ進んでいきました。

 

この自分に向き合うプロセスの中で、私は自分が人生の中で何度も確認してきていた、人のあり方や生き方、心の世界の探求とそのガイド、ヒーラーやセラピストとしての資質を確認します。

と同時に、ネガティブに捉えていたことが強みであったこと、傷ついた過去や、引っかかっていた様々な葛藤や思いに気づき、それらを癒して手放すプロセスを踏んでいきました。

さらに、お金や豊かさに関する幸せにはなれない思い込み、家族や親族に絡んだ思い込みや制限・・・

私が私らしく生きることを許可できない、または無意識で邪魔や妨害しているものに気づき、抵抗することをやめたり、手放すプロセスを本当にマイペースに進んでいきました。

その間、ライフコーチとしてクライアントさんと関わるようになり「私だからできること、伝えられること」も一つ一つ実績とともに実感として積み重なっていきました。

 

自分に向き合う内省ノートは増え、その度に私は本来の自分を取り戻し、信頼するようになっていきました。

 

その一方で、私の中に本当に根深く存在している「家族と私」に関する思考と行動パターンは何度も現れていました。

「家族」が関わると、つい自分を後回しにして全力でかけて行ってしまう部分があり、その習慣、パターンを繰り返していました。

そして2017年、いつものパターンで行動した結果、ついに疲弊してストップしてしまったのでした。

 

自分でわかっているのに変えられない習慣、パターン。

動けば痛手を負うので、これはもう動かない。という選択をやっとした瞬間でした。

それまで年に数回日本に帰っていた私は、オーストラリアに一切引きこもることにしたのです。

 

引きこもったものの、そこにあるのは孤独。

その中でどうしたらいいの?と困っていた私。

そんな私にとって、必要であれば自分自身の経験を通したアドバイスと、客観的に見て気づいたことをフィードバックしてくれる師の存在は本当に大きなものだったと感じています。

その存在がなければ、私は起業も、進み続けることも諦めてしまったかもしれません。

引きこもりの暗黒時代、ここで本当に私の価値、私がこの人生を生きる意味に繋がる瞬間へのプロセスが始まりました。

 

ーーー

 

今だからわかること・・・

このストーリーを振り返る中で気づいたこと。

自分の才能や強み、使命などに気づいたり、伝えられたりすることが当時からあった私。

それなのに、2018年末までそう思うことができずにいました。

きっと、多くの人が自分に向き合ったり、棚卸たり、占星術など宇宙の英知のよってその本質を知る機会がある。

でも、それを本当に自分ごととして受け取れるか?にはまた別の要素があるのだということ。

それは、自分に対する確固たる信頼、自信でもあるセルフエスティーム。

日本で言われる自己肯定感ではなく、自尊心のセルフエスティームです。

そのセルフエスティームが育っていない状態では、自分の才能も、強みも、使命も受け取ることができないのです。

だから、私はこの起業準備というプロセスの中でセルフエスティームをどうしたらはぐくめるのか?を人体実験していたようにも思うのです。

それはまた、ストーリと絡めて葉にしてみたいと思っています。

まずはストーリーが続きます。


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